──錆兎、君に相談したいことがある…
それはとある日の午後のことだった。
水の国の王である錆兎を訪ねて来た炎の国の王の杏寿郎は開口一番そう言った。
2国は元々は対立しあっていた歴史を経て、争っていても互いに疲弊するだけだと、彼らの祖父の代辺りで王同士が交流を持ち始め、彼らの親や彼ら自身、互いの国に長期滞在して自国では経験できない諸々を学んだこともある。
特に錆兎の父王は早くに亡くなって前王である祖父に育てられたということもあり、長期留学で過ごした炎の国で自身の息子と同様に接してくれた前王の槇寿郎は親に準ずるような存在で、杏寿郎とは兄弟のような関係だ。
血で血を洗うような関係など遥か昔で、今は大国が率先して平和な交流を持とうと、様々なルールも設けていた。
なので互いの国を少数の供のみを連れた王が訪ねてくるなどということも珍しい事ではない。
今回も突然なんだろうと思いつつも公式でないのなら良いかと特に礼服も着ずに出迎えた錆兎に、杏寿郎は開口一番、前述のように言ってきた。
相談…と言われて錆兎は即、杏寿郎を一番近い会議室に案内する。
「書面ではなくわざわざ本人が訪ねてくるということは急ぎの案件なんだろう?
人がいても問題ない話か?
そうでなければ茶とかを持ってこないよう人払いを命じるが?」
と、自ら先に立って歩く錆兎に杏寿郎は
「さすが、君は聡いし話が早くて助かるな。
そう、一刻を争うかもしれんから、人払いの方向で頼む」
と、感心したように言う。
そこで錆兎は辺りにいた使用人にこれから極秘の話をするから入らないようにと言い含めて会議室へ。
パタンとドアを閉めた次の瞬間、杏寿郎は席にもつかず、いきなり
「すまないがこれからすぐ嵐の国と森の国とうちの国との国境沿いに行ってもらえないだろうか」
と切り出した。
「嵐の国…?
あ~…なんだか森の国から人質を取るらしいという情報は得ているが、それか?」
一応情報としては知ってはいるが自国には関わりのないことと錆兎は静観していたし、炎の国もそうだと思っていたのだが、違ったのか?…と、不思議に思って聞く錆兎に、杏寿郎は頷く。
「実は霧の国から秘密裏に森の国からの人質の移動の妨害を頼まれた。
だが我が国が今それをやると嵐の国と炎の国の全面戦争になる。
俺としてはそれも良しと思ったが、わが国民を始めとして周辺諸国の民を巻き込むのは気が引ける。
なので断ったのだが、そうなると霧の国側も嵐の国との武力の差を考えればかなり強引な手段に出ることになるだろうし、そうなると森の国の人質がかなり危険な状況になる。
うちの千寿郎とさして年の違わない幼い少年が犠牲になるのを傍観するのも心が痛んでな。
君の国の国境沿いでもあるわけだし、君が少しばかり国境でぶらぶらしているついでに暴漢に襲われている少年を助けても、君は嵐とも霧ともかかわりがないから問題は起きないと思うのだが…」
なるほど、と思った。
今のところ水の国とは接触はほぼ無いと言って良いので国としては仲が良くも悪くもないが、嵐の国は少しばかり敵を作り過ぎている。
確か霧の国は昨年、嵐の国に人質に取られた王子が嵐の国の王の不興を買って殺されて恨みを抱えていると聞いているし、国の感情的にも、いずれ戦うことになるかもしれないという物理的な意味でも、嵐の国と友好関係を結ぶ国は減らしたいところなのだろう。
だが今の時点で大国とは言えない霧の国が嵐の国と正面からぶつかれば勝敗は目に見えている。
なのでおそらく実行は無頼を雇うことになるだろうし、そうなれば人質がどういう扱いをうけるのかは想像に難くない。
たまたま大国だったからそういうことはないものの、もし自国が小国であったなら可愛がっている弟がそういう立場になることもあっただろうし…と思えば他人事として見過ごせない杏寿郎の気持ちは錆兎にもよくわかった。
しかしながら、実は最近、大国と言えるようになってきた嵐の国に、水と炎の2国間で平和に過ごすために決めていたやり取りに嵐の国も加わらないかという打診をするために炎の国から使者を送ったのだが、戻ってきたのは使者の遺体と、慣れ合うつもりはないという嵐の国の王の書状だったということもあり、炎と嵐の両国の関係も緊張状態である。
霧の国はそういう事情も知っていて炎の国に協力を打診してきたのだ。
だからここで炎の国が介入すると、炎と嵐の両大国の全面戦争になりかねない。
ゆえに霧と嵐双方の国と距離のある錆兎への打診と言うわけだ。
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