こうして13歳の春…なんとか回避できないかと思いつつもどうすることも出来ないまま、約束通り嵐の国へと送られる事が決まり、それまで見た事も触れた事もないような上等の絹の長衣を着せられて、まるでおとぎ話に出てくるような繊細で美しいレースのヴェールをかぶせられ、初めて馬車に乗って王宮の壁の外へと出る事になった。
森の国は豊かではなかったが、文字通り繊細な針葉樹を中心にした大きな森に囲まれていて、隣国である嵐の国まではその森に通った道を抜けて行く事になる。
数歩も歩けば塀にあたり、そこでお終いだった王宮。
それまで義勇の世界の全てだったそことは違って、森は遥か続いていて涼やかな風が流れ、日中は柔らかな木漏れ日がキラキラと光る中で城では聞いた事のないような種類の鳥のさえずりが聞こえてきた。
本当に今まで見た事もないほどに美しい光景……
しかし義勇にとっては姉の仇に弄ばれるために大国へ向かう道中だ。
心は重く暗い。
どうにかして逃げる事は出来ないだろうか…とは思うものの、走る馬車から飛び降りなどしたら怪我をして連れ戻されるのがオチだし、第一逃げたとしてどうなる?
どうやって生きていくというのだ…。
と、そんなことを考えているうちに道中も半分ほど過ぎた国境で、それは起きた。
いきなりガックン!と大きく揺れて止まる馬車。
兵士の怒鳴る声と剣戟の音。
「何事っ?!」
と、馬車の窓から顔を出した随行の使者は飛んできた矢に首を撃ち抜かれて瞬時に命を落とした。
だらん…と、力を失う身体。
人が殺されると言う光景を初めてみた。
それまでは漠然と知っていた死というものを目の当たりにして、義勇はそのリアルさに戦慄した。
ヒッ!と窓から少し遠のいてしばらく固まっていると、やがて開く馬車のドア。
そこから血塗れの剣を持った兵が顔を覗かせる。
それが襲撃者の側の者なのか嵐の国の側の者なのかも義勇には見わけがつかない。
が、どちらも等しく恐ろしいモノに見えた。
不幸がじわじわと義勇の世界を侵食して行くのを感じる…。
馬車の壁にへばりついて硬直していると、血まみれの手が伸びて来た。
ずるり…ずるり…と近づいてくる不運の象徴……
それはあたかも義勇を暗雲たる運命に引きずり込もうとしているように見えて、恐ろしさにただカタカタと震えることしか出来ない。
そして、その恐ろしい手にグイっと腕を掴まれて、悲鳴をあげる事もできずに担ぎあげられた。
グルリと反転する世界。
別の手が伸びてきて何か紐のようなもので両手を後ろ手に縛られ、布で口を塞がれる。
「引くぞーー!!!」
と声をあげるところを見ると嵐の国の迎えの者というわけではなく、襲撃者なのだろう。
そもそも襲撃者は誰なのか…
山賊か?それとも?
国にいれば誰も存在を望まないのに一歩外に出ればこうしてその身が取りあいになるというのは皮肉というにもあまりにひどい。
どちらに転んでも義勇にとっては良い結果になるとは思えなかった。
餌に飢えた複数の肉食獣の中に放り込まれた草食獣のようなものである。
どれに食べられたとしても痛く苦しい事には変わりはない。
じわりと浮かんでくる涙で視界がぼやける。
何故自分ばかりこんな恐ろしい目に遭うのだろうか…。
生まれてこの方ずっと閉じ込められるようにして育った小さく薄暗い部屋は、さきほどまで乗っていた馬車ほどの座り心地の良さもない固い椅子一つと粗末な木のテーブル、それに義勇のような子どもが1人横たわればいっぱいになってしまうようなベッドしかないようなところだった。
それは召使達ですらぞんざいな態度を取っている居心地が良いとは言えない場所だったが、それでも最低限の安全は確保されていた。
そう、そこには緩やかな苦痛というものはあっても、こんなに鮮明な恐怖は存在しなかったのである。
ジッと耐えていれば苦痛は通りすぎ、耐えたくないと思う時は目をつむれば穏やかな眠りの中に逃げ込めた。
こんな事になるならあの場所に居る間に緩やかに死を迎えた方が良かったのではないだろうか…と、義勇は今更ながら悲しく思った。
縛りあげられた状態で担ぎあげられて全てが自由にならない中で、漆黒のまつげの縁からキラキラと涙の雫が流れる波のように揺れる薄いレースのベールの裾を彩るように宙を舞う。
それはまるで戻るための術にはならないパンの道しるべをまきながら、月明かりの下、深く恐ろしい森へと足を踏み入れるヘンゼルとグレーテルのようだった。
それよりさらに悪い事には、唯一の同腹の姉を亡くした義勇には励まし合う兄弟すらもういないのである。
暗い暗い森の中、ただただ攫われて行く……
いったいどこへ……?…
恐ろしい物語はまだ始まったばかり……
だけど、もう全てのページを閉じてしまいたくて、義勇は閉じられないページの代わりに唯一自由になる真っ白な自分の瞼をそろそろと閉じた。
それでも瞼の向こう側ではゆっくりゆっくりと、物語は進んでいくのではあるのだが……
ギルアサver.修正漏れ発見しました😅「鋼の国の側の者」→「嵐の国...」かと(´・ェ・`)ご確認くださいませ☺️
返信削除ご指摘ありがとうございます。修正しました😀
削除