「でもよ、どうせなら一点だけ聞きてえ。
どうせ遠ざけるつもりなら、なんで口止めしたんだよ。
あの時、暴露してりゃあもっとさっさといなくなっただろ?」
そう尋ねたことに対する錆兎の答えは驚くべきものだった。
それに宇髄もあれだけ手を尽くして関わったことが徒労に終わればそれなりに辛い気持ちにはなるだろう?
被害者である義勇と善意の第三者である宇髄、その二人から完全に離れた問題で…という形にするには、あそこではいったん二人が関わった諸々は終了させる必要があった。
そのうえで、二人とは全く無関係なものとして、不死川を義勇の視界に入らない形にしたかった」
おいおいおいおい…と、宇髄はその言葉に目を瞠る。
容易さや自分のリスクを度外視でそこまで気を回して行うのか…。
義勇は恋人なんだろうから別格として、宇髄に対してもこうやって気遣っていたのかと思うと、なんだか感動すら覚える。
なまじ実弥に保身で切り捨てられたあとだけに、なんだか柄にもなく泣きそうだ。
義勇だって知ったら号泣する。
間違いなく号泣する!
と、彼を子どもの頃から知っている宇髄は思う。
しかしそこで
「もう、愛が深すぎて泣けるわぁ」
と、冗談交じりに…でも内心本気で言うと、錆兎は
「いや…俺の自己満足だから。
正しいとか本当にためになっているとかはわからない」
と真顔で言うので、呆れてしまう。
「いや、これがタメになってねえってなんで思うんだよ?」
と宇髄がやれやれと首を横に振りつつ言うと、錆兎はやっぱり至極真面目な顔で
「俺は一度それで大失敗してるから」
と言い切った。
「大失敗?」
「ああ、杏寿郎の弟の時にな…」
「あ~、例の少年院送りにしたやつか…」
社員旅行の時の話を思い出して言うと、錆兎が頷く。
「あれは…道義的法的には正しかったが、被害者保護の観点から見ると大失敗だったんだ」
「何故?お礼参りにでも来られたか?」
「いや…別の敵を増やした」
「…加害者の仲間とかか?」
「それならまだ良かったんだが……」
「……?」
「被害者にとっては加害者の暴力はとても辛いものだったが、実際にそれを受けていない他のクラスメートはただの悪ふざけという認識で、学校を含めた世間一般でもそんな扱いだったから、それを犯罪者として処理をしたために、被害者が大げさに騒いで加害者を必要以上に追い込んだやつとして他から距離を取られて孤立したんだ…」
そういう錆兎の顔に浮かぶのは怒りではなく悔恨と悲しみで、逆に宇髄は怒りを感じた。
「…胸糞だなっ!てめえがやられりゃ騒ぐんだろうに」
と、宇髄が舌打ちをして言うと、
「世の中は白と黒ではなく灰色で動いている。
完全な正誤ではないんだ。
だからこそ、誰かに不利益をもたらす行為を行う時は、そのマイナスの影響を他に向けないように配慮しないと、善意のつもりが自分が相手にとっての加害者になりかねない」
と、錆兎は困ったように笑う。
「それでも…俺が嫌だったんだ。
義勇が不死川を目にするたび、殴られた痛さや暴言を吐かれた悲しさや恐怖を思い出すのが嫌だった。
それは俺の自己満足でしかないかもしれないから義勇には矛先が向かないように。
俺に向く分には構わないし、世間の非難を浴びても構わない。
義勇がそこで平和に穏やかに笑っているなら、俺は世界を敵に回しても構わないし、罪びとになっても構わないと思ったんだ」
裏表のない脳筋から、食えない策士、極々少数の友人にだけは優しい男…と、錆兎に対する宇髄の評価は刻々と変化してきたわけなのだが、ここに至って、それが『地味なようでいて馬鹿みたいに派手なクソ重い愛と善意の男』に最終進化を遂げた。
おそらく錆兎は義勇のためなら何でもするのだろうが、義勇にとって自分が必要じゃなくなったあかつきにはきっと、杏寿郎や村田、そして宇髄のために同様に自分の身を振り返ることなく、どんな大変なことでも助けの手を差し伸べてくれるのだろう。
実弥の諸々で疲れていたはずの宇髄だったが、なんだか色々力が抜けた。
「お前なぁ……いい事教えてやるよ」
「…良い事?」
「おう。お前はさ、杏寿郎の弟ん時も社員旅行の時も杏寿郎が暴走して犯罪者になるのが辛くて動いたわけだろ?」
「…ああ、そうだが?」
「俺も…おそらく杏寿郎や冨岡、村田も一緒だからな?」
「…一緒??」
宇髄にしたらとても当たり前のことで…おそらく誰にとっても当たり前のことなのだが、この察しのいいはずの男は自身のことになるとわからないらしい。
本当に何が言いたいのかわからないと言った風に首をかしげる。
「俺らだって感情ってのがあるんだからよ、気に入ってる奴がおかしなことになんのは嫌なんだよっ!
お前はやばいことは全部てめえがかぶりゃあ良いと思ってるかもしれないけどな、それでお前がなんかやばいことになったら、俺らは嫌だし、たぶんリスク度外視で介入すっからな。
それで俺らがやばくなるのが嫌なら、お前も自分自身もやばいことになんねえようにきをつけろよ?」
本当に本当に、わからない方がおかしいほど当たり前のことなのだが、錆兎はその宇髄の言葉に心底驚いたように目を瞠った。
「…お前…俺のこと、どんだけ自分が良ければ他人なんかどうでもいいヤバい奴だと思ってたんだよ?」
と、もう驚かれることに驚いて宇髄が言うと、錆兎は
「…すまん。いや、そういうわけではないのだが…」
と謝罪したあとに少し考えて、
「俺の事を心配する人間が居ると思わなかったから」
と、呆れるような事を口にした。
「ああ??」
「いや…幼少時の親や祖父や師匠以外で俺の身を心配してくる人間を見た事がなかったんだ。
なんなら同級生や同僚は、
『強者なんだから手伝って当たり前』とか、
『強者なんだから影響力を考えて否定的な発言はするな』とか、
『強者なんだから平気だろう』と言うのがデフォルトだったから…」
「お~~い!!」
宇髄は思わず片手を額に当てて天井を仰いだ。
いや、ありがちなんだが…確かに一般人にありがちなんだが…
それ、思ってても口にしたらやばいやつじゃないのか?!
「お前な、実弥に振り回された挙句に切り捨てられた俺が言うのもなんだけどな?
付き合う相手は選べっ!
それを言う奴がいたらお前の方から切り捨てろ」
思わず叫ぶと錆兎は少しびっくりしたようなまん丸の目になって、それから
「切り捨てはしないが…深い付き合いはしない。
結果…知人以上の付き合いをする相手が杏寿郎と村田、炭治郎と義勇と宇髄しかいないんだけどな」
と笑う。
その言葉に今度は宇髄が内心びっくりする。
なんとその中に自分も入っているのか…。
驚いた。驚いたのだが、まあ、素直に嬉しい。
それでも敢えてその気持ちを表に出すことなく
「それで最終的には大勢の中で過ごすよりも山で自給自足生活か」
というと、錆兎が
「そういうことだな」
と頷くので、宇髄はそれに澄ました顔で
「まあ…冨岡のようにずっと一緒にその暮らしをとは言えねえが、週末には都会の美味い酒を土産に持っていってやるから、イノシシ鍋でもてなせよ?」
と言う。
それに錆兎は今度こそ嬉しそうに笑って
「ああ。でもイノシシは一緒に獲るんだろう?」
と言うので、宇髄もそれには
「ああ、宇髄天元様が見事に仕留めてやるぜ!」
と満面の笑みでガッツポーズをして見せた。
天元様、錆兎の心を労わってくれて本当にありがとうございます😭
返信削除錆兎、本当の義勇は脇目もふらず錆兎一筋だから幸せになってね
宇髄さんは俺様に見えて実はそのあたりの気遣いがとても細やかな人だと思っています😁
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