──話があると言うのは不死川の事だろう?
と始める錆兎。
それに錆兎は予想していて自分から切り出したくせに、たいそう複雑な顔をした。
「とりあえずまずはそちらから聞きたい事を話してくれ。
知っていることは正直に話すし、補足できることは補足する」
と、それでもそう続ける。
察するに、何かあまり語りたくないことがあるのだろう。
だが宇髄が聞いてくるなら正直に話すという錆兎の言葉を疑う気はない。
彼は言いたくないことを言わないと言う選択肢はしてもぎりぎり嘘はつかない男だ。
さらに言うなら、宇髄は今では彼の中の優先順位が高い人間だと言う自負もある。
鱗滝錆兎と言う男は必要とあればとことん隠せる食えない男だが、その彼にとって必要な事と言うのは自身の損得ではなく、大切な人間のやすらかな状況を保つことだ。
だからそれが直接義勇や杏寿郎、村田など、おそらく宇髄より彼の中の優先順位の高い人間の害になることでなければ、言葉通り知っている限りのことを話してくれるだろう。
なので単刀直入に聞く。
「実弥が会社を辞める事を知っていたか?」
「ああ。知っていた」
「理由は…知ってるか?」
「体調不良…もっと言うなら鬱病らしい」
「何故知っていたのかを聞いても?」
「仕事で関わりのある不死川の部署のやつに聞いた」
「…そうなった理由は…知っているか?」
「…想像はしているが、本人やかかりつけの医師に話を聞いたわけではないので、知っているとは言えないな」
単刀直入に…というつもりだったのだが、意外にまどろっこしい。
どう聞き出すのが良いのだろうか…と悩んでいると、錆兎の方から
「直接聞いたわけではないから知っているとは言えないとは言ったが、俺は意図的に奴を追い込んだから、絶対とは断言できないが、かなり高い確率でそれが原因だ」
と、いきなり核心のど真ん中に触れて来る。
宇髄自身も半分それは疑っていた。
以前に実弥に避けられていると相談した時も、錆兎は
「あ~…でもそれは宇髄のせいではなくて不死川の心の問題じゃないか?
宇髄の方ははたから見てもわからない方がおかしいほどにはきちんと奴に対する善意を表に出していたからな。
それで避けるとしたらもう、静観する以外に宇髄の方で出来ることはないと思う」
と、まるで避ける理由を知っているような返答だった気がする。
以前は敢えて出さなかった答えを今は何故自ら明かすのか…。
──もしかして…俺も切り捨て組に入ったってことか?
気遣う必要がなくなったか、あるいは、利用価値がなくなったのか…
あの時とは錆兎の中で宇髄に対する何かの条件が変わったのだろう。
宇髄自身は親しい人間をあまり作らないが、それでも親しくなればそれなりに関係は大切にするし長くも付き合う人間だ。
そして自分がそうなら親しくなった相手もそうだと柄にもなく信じていたが、実弥は離れて行った。
錆兎もそうなのか…
それとも実弥を制御する人間として自分が必要だった?
かなり疲れた心にはそれは意外に堪える事実だったが、相手から言い渡されるなら自分から察して引いた方がマシだと思って言うと、錆兎の方はとてもショックを受けたような顔をする。
いやいや、なんで切り捨てる側がそんな顔すんだよ…と言おうとすると、錆兎は
「そう思わせてしまったのなら申し訳なかった。
ただすまん、俺の最優先は義勇の平穏な生活だから、宇髄にとって楽しいとは言い難いことになることもせざるを得なかったんだ。
俺は義勇に害になること以外なら、宇髄に対しては誠実でありたいと思っているし、信頼できる友でいたいと思っている」
しょ~ん…とまるで飼い主に叱られた犬のように落ち込んだ様子をみせられたことで、宇髄は逆に頭が冷えて来た。
ああ。そういうことか。そっちかよ…と思わず苦笑する。
「それは…実弥を追い込んだことに対して言ってんのか?」
と聞くと、
「…あとは宇髄を避けたくなるんじゃないかと思う方向に誘導したこと…か」
と答えが返ってきた。
「へ?」
正直、錆兎がなんらかの手段で実弥を追い込んだまでは想像はしていたが、自分に関しては予想外だった。
ポカンとする宇髄に、錆兎は言う。
「実際に避けるかどうかは不死川がどこまで絆を信じているか次第だったんだと思う。
…が、それを疑うように仕向けたのは確かだ」
その言葉で宇髄は具体的には全くわからないのだが雰囲気は察した。
「あ~、具体的にはわかんねえんだけどな?
たぶん…お前は自分と俺だと俺を優先すんだわ。
で、実弥は俺に友情は感じてっけど、まず自分が可愛い。
だから俺から逃げた…って、なんとなくな、そんな雰囲気を感じてんだよ、今。
お前はそれを俺が許そうが許すまいが、全部話してくれる気でいるんだろうけどな、先に言っとくわ。
たぶんお前が悪いわけじゃない。
実弥はゆさぶりをかけられて俺を信じててめえが傷つくよりはてめえの安全を取っただけだ。
別にお前を責めるようなことはしねえわ」
たぶん…という言葉は使ったものの、かなり絶対に近いたぶんだ…と宇髄は思った。
ただ、それはそれとして、何が起こったかは知っておきたいから話して欲しいと言うと、錆兎は、それはもちろんそのつもりだ…と頷いた。
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