「とりあえずそういうことで、先に受け入れやすい形で説明をして脳内に残したところで、いったん全てを終わらせて、義勇と宇髄はここで無関係な善意の第三者の立場にしておく。
加害者の排除のために感情的になって、被害者の保護を怠るのは下策中の下策だ。
加害者の排除は必要だが、それよりも優先すべき最重要事項は被害者と善意の第三者を巻き込まないこと。
今回で言えば義勇と宇髄、この二人を今後一切巻き込まない事は重要な要素だからな。
で、帰りにだ、村田を帰りの列車に同席という自然な形で不死川の元へ派遣。
そこでたまたまな、最近社内で問題を起こした人間の話をさせる」
と、そこで村田はずっと疑問だったことを聞いてみることにした。
あれはさすがに錆兎が関わってることじゃないよね?
なんであそこまで知ってんの?
てか、あんなに都合よく問題って起きるもんなの?」
「あ~、あれな」
と再度村田が話の腰を折った事も全く気にする様子もなく、錆兎はやはり笑顔のまま答えてくれる。
「実は昔、杏寿郎の弟の件の対処を考えていた頃、とにかくイジメ関係の資料を集めていたんだ。
角田の弟の件はその頃に知った一つな。
刑事罰とかはなかったが被害者が死んでしまったこともあって、マスコミやネットなんかで随分騒がれたからな。
当時の被害者の学校のクラスメートに、同様にいじめ問題で困っていて過去のいじめについて調べていると説明して聞いて回って、少しばかり教えてもらったんだ。
幼馴染二人については実在しているし、二人がこの件は絶対に忘れないと言ったのも事実。
葬式の時にな、言っていたらしい。
そこで二人に接触を持ったんだが、それ以来、二人とは時折りSNSやメールで話す仲になった。
まあ…頼まれて信頼できる興信所を紹介したのは俺だし、自滅する形での復讐はやめておけと言ったのも俺だ。
…で、オフレコだが角田の横領を会社にリークしたのもな。
そんな感じでイジメ関係で知り合った人間は彼らの他にも何人もいるぞ。
人脈というものは邪魔にはならんからな。
イジメ関係に限らず、機会があると作っておくとなかなか人生の役に立つ」
「あ~、お前、そういうの得意だもんな。人たらしだし」
と、相変わらず酒を舐めつつ、話を気にして珍しく箸を置いている杏寿郎が食べない料理に手を伸ばす。
「ちょっと待ってくれ。
角田と言うのは営業2課の角田か?
あいつは横領事件を起こして懲戒解雇されたのだろう?
それが何故不死川に関係する?」
と、そこで杏寿郎が焦れて聞くと、村田が
「ああ、話の腰を折ってごめん。続けて?」
と謝罪して、錆兎に先を促した。
「角田はな、俺達と同い年の弟がいて、これが中学の時に同級生を一人、いじめで自殺に追いやっているんだ。
学校はよくあるようにいじめを認めず加害者をかばい、被害者の家は一家離散。
角田の弟は罪に問われず、その後、順風満帆な人生を送っていた。
だがその同級生には幼馴染が二人いてな、それを恨みに思っていた。
そしてそれぞれ自己研鑽に励み、社会的に地位をつけ、金を貯め、そいつに復讐をすることにした。
その一つが、角田の姉が会社社長の跡取りとの結婚が決まった時に、弟が過去にいじめで同級生を死に追いやっていることの暴露。
昨今、社会はいじめに対する目が厳しいからな。
個人ならとにかく会社を背負うとなると、そんな過去のある家族のいる女を嫁には出来ないと婚約破棄に。
そんな家族が居ることを伝えていなかったということを責められて多額の慰謝料まで支払うことになった。
で、角田の横領の件だが…一人の女性に貢いだ挙句、金が足りなくなっての事だったんだが、会社の金に手を付けてまで貢いだ彼女は『殺人者の兄弟とはつきあえない』と去っていった。
そうして角田と姉は、どちらも自らの不幸を招いたのがイジメの加害者である末弟だということで彼を刺して刑務所だ。
つまり…イジメの結果が実際に引き起こした復讐劇を世間話として村田から不死川に話させた。
こんな近くでそれが起こっていたのは言い方は悪いがこちらにとっては非常に運が良かっただけなんだが、まあ身近じゃなくともその手の話はいくつかストックしてある。
元々は千のためにストックしてたんだ。
あいつは気が優しすぎる男だからまた同じような目にあうかもしれないと思ったし、その都度、前回と同じ手を使うと、千の方が悪い意味で特別視される可能性も出てくるからな。
良い家のお嬢さんと縁談なんて話が出たら、素行調査もあるだろうし、本人が悪いことをしていなかったとしても、何回も周りを警察送りにしていたなんて調査結果が出たら、要らぬ不信を招きかねない。
まあとりあえずその手の情報を集めておいた理由はここでは良い。
とにかく実際にあったためリアリティのある話であるということが重要だということだ。
遺族だけではない。
イジメに対して思いもかけぬ人物が恨みを抱えて復讐の機会を狙っていることがある。
いじめを行うということは、そういういつ自分に牙を剥くかわからない恨みの爆弾を地雷のように周りに設置しまくることで、罰則を与えられるということは、その地雷を多少なりとも撤去できる機会なんだということも話させた。
……つまり、だ、不死川の脳内にはすでにいじめは自分や自分の周りにいつ悪い影響を与えるかわからないという考えが植え付けられている状態で…しかしそれまでは”今やめれば大丈夫”と思っていたところに、”やってしまえばもう手遅れで、一生復讐に怯えて過ごさなければならないのだ”という事実を実例を添えて植え付けたというわけだ。
ということでな、それを受けて不死川は
誰が自分を恨んでいるかわからない。
出会う人間、出会う人間、みな、自分は初対面のつもりでも、相手はイジメ被害者とどこかでつながっている人物で、自分を恨んでいて復讐の意図をもって近づいてきたのかもしれない。
そんな風に思うようになった。
さらに言うなら…自分の加害行動を確実に知っていて、自身はその行動を良しとせず、しかしずっと自分の傍に居る人間…とかが一番怪しく思えるよな」
「…それは…宇髄のこと、か?」
「…社員旅行後しばらくして、宇髄に相談を受けたぞ?
不死川が自分を避けている気がすると」
「あ~、そこも織り込み済みなんだ…」
問う杏寿郎に答える錆兎。
そして納得する村田。
「言われてみればそうだよなぁ…。
冨岡に対して暴力暴言を加えてきたのを確実に知ってる人物だもんな。
疑い始めたら真っ先に候補にあがるよなぁ…」
そう言う村田に頷きながら、錆兎は実ににこやかに言う。
「社員旅行の諸々の失敗と長年の片恋の相手に失恋したということもあって、心が非常に弱っている時だったしあっさり疑心暗鬼に陥ってくれた。
誰が敵かわからず誰にも相談できない状況だしな。
とりあえず怪しいと思う人間と片っ端から距離を取るしかない。
ということで、めでたく不死川は宇髄に近づかなくなったから、義勇が安心して宇髄と交友を持つことができるというわけだ」
…うわぁ…と、村田もさすがに呆れ返る。
もう錆兎の行動原理はすでに勧善懲悪ですらない。
自分が大切な人間を快適に過ごさせるためにここまでやるのだ。
「ちなみに…宇髄に相談できなくなった不死川が向かう先候補としては、村田もあがる可能性が高いからな。
そこも来られても困るから、さりげなくお前が角田の弟のいじめの被害者の幼馴染の男なんじゃないかと思わせるようにミスリードを誘ってみた。
いじめで死んだ幼馴染の復讐に走るような男が、他の人間に対してとはいっても同じようなことをした加害者を案じてくれることは絶対にないと思うだろうからな」
「もしかして…語る言葉を逐一覚えさせられるどころか、終始笑顔で話せって指示はそのため?」
「ああ、そういうことだ」
なるほど。怯えられていたのはそういうことだったのか…とこちらも村田は納得してすっきりした。
…が、
「飽くまで処罰ではなく、危害を加えるわけでもなく、世間話をしただけだからな。
それで怯えて距離を取るのはあちら側の勝手な都合だろう?」
と良い笑顔で言う錆兎はえげつないレベルで恐ろしいとは思う。
まあ確かに被害者である義勇と善意の第三者である宇髄には全く関係のないところで自滅してくれると言うのは、理想的ではあるのだが…。
しかもついでに
「まあ被害者に対する二次被害を防ぐ関係もあって、お前の望むはっきりとした刑罰を与えて勧善懲悪で終わらせるという形には終わらせられなかったが、とりあえずお前の言う『いじめの加害者は死ぬまで日の当たる所に出るな』という最終目標は恐らく達成できると思うから、それで許せ」
と、どうやら杏寿郎の希望も叶える気が満々だったようだ。
相手に対する恨みというよりは、飽くまで大切な人間達に対する善意で他人を躊躇なく地獄へ叩き落すその性格は第三者だったなら恐ろしい。
本当に…暴力を振るわれた本人がやり返さないような人間でも、どこでどんな人間とかかわりをもつかわからないのだから、人間、極力他人の恨みを買うような行動は控えるのが正しい…と、おそらくじきに勤続年数はわずかだがそれでも若干は出るであろう不死川の退職金の計算をすることになるんだろうな…とため息をつきながら、村田は料理を食うことに没頭することにした。
きゃああぁあああ錆兎格好良いぃいぃいい!!!!私が煉獄さんだったらその場で「流石だ錆兎!大好きだ!!」と愛の告白をしてしまうくらい格好良いです!!きちんと親友の憂いを晴らす算段もしていたんですね!
返信削除この話の錆兎は義勇の次に杏寿郎が好きなので、可能な限り杏寿郎の希望も叶えようと努力しています😁
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