──人と言うのは恐怖より不安の方に耐えられないらしいぞ。
今日の相方は上機嫌だ。
いや今日は…というより、今語っていることが彼にとって楽しい事なのだろう。
今の笑顔は本心からの笑みだ。
台詞はなんだか不穏なのだが…
聞くのもなんだか気は進まない気がしてきたのだが、聞かなければずっと気になり続けるだろう。
なので
「どういうことだ?」
と一応先を促してみる。
すると錆兎はにこやかなまま
「つまりな、人食い虎が居たとしよう。
目の前に虎がいて飛び掛かってこられた…これが恐怖。
何かわからんが恐ろしいものがいて自分を狙っているのはわかるが、いつどこからどういう風に襲ってこられるかわからない…これが不安な?
そして…今回のことでいうと、お前に殴られたり刑事罰を受けたりするのは、もう決定事項で耐えればいい類のもの…つまり恐怖。
で、自分がいつどこで誰からどんなひどい危害を加えられるかわからない…これが不安だ」
と言う。
「まあ始まりはお前の暴走を抑えるためだったから、前者で良いかなと思っていたが、最終的にな、義勇を大切に思うようになってからは、義勇の意向に完璧に沿えるなら前者で留める必要もないと思い始めてな?
結果、方針を保留にすることにして俺達の関与に向こうが気づいて宇髄と共に最初の話し合いをした際の、不死川の自分の感情と義勇への配慮のバランスを見て決めることにした。
で、ああ、後者にして壊すまでやるか…と思ったんだ」
「いつも平和的な方向に持っていこうとする君がそこまで考えていたのか…」
と杏寿郎も正直驚いた。
しかし村田は驚いた様子もなく
「冨岡を好きだってなった時点で、こいつの一番大切な相手を一番傷つける人間はこいつにとって一番の敵だから気遣う必要はないし、大切な相手の心身共の安全を考えれば相手がどれだけひどい状況になろうと構わないってのがこいつだって、もう、わかるだろ…」
と言うところを見ると、彼はわかっていて同意するかどうかは別にして半分諦めつつ協力していたらしい。
「…ということでな、まず不死川にはやるだけやって失敗を繰り返して心が折れて弱っている時に、穏やかに人の恨みを買えばそれがいつか自分や自分が大切にしている人間に返ってくることもあるという説明をした。
何をやっても失敗する…となって心が無防備になった時に優しく言うのが一番言葉が心に響きやすいからな」
明らか不穏な話をしているというのに、錆兎は皆がとても誠実で穏やかな人格者だと言うそのままの表情をしている。
ああ、彼にしたら実際これは自分の感情を優先したわけではなく、飽くまで計画を完璧に完了した報告でしかないからなのだろう。
村田自身は錆兎の中でとても優先順位が高い人間なのだという自覚があるし、自分より順位が高いであろう義勇や杏寿郎によほどひどい事をしない限りはその怜悧な男の完璧な計画によって不利益を被ることはないと言うこともまた自覚しているので、別に怯える必要も感じずに普通に酒を飲みながら聞き流している。
が、もし自分がそういう立場の人間ではなかったとしたら、この男ほど恐ろしい人間はこの世に居ないと断言できるし、正直近寄るのが怖いと思うだろう。
悪と判断されたら絶対に相手を許さない勧善懲悪の杏寿郎の方がまだましだ。
錆兎の場合は悪と判断されているかどうかが破滅するまでわからない。
ただまあ、強者であるが故の余裕なのか、錆兎は自分自身に向けられる暴言や敵意、失礼な態度などは全く気にしないで流す男なので、彼自身に対する接し方については全く気にする必要はないし、本音を言っても大丈夫な、むしろ楽な男ではある。
幸いにして自分より順位が上であろう義勇にしても杏寿郎にしても根が優しい人間なので、不死川のようにわかりやすく嫌がらせを続けるのでなければ、善意を向ける人間を意味なく嫌うこともないし、その点でも安心だ。
というか、錆兎が好きになった相手が気難しい人間じゃなかったのは本当に良かったと村田は思っている。
そんなことを思いつつ、居酒屋と言っても高級な部類の店で注文した口当たりのいいするりと飲めてしまう日本酒を飲みすぎないようにちびちび舐めている村田の前で今回の顛末を話す錆兎に
「…お前ってさ…新興宗教の教祖とかになれそうだよな」
と茶々をいれてみたら、やっぱり話の腰を折られたことに不快感を見せることなく
「俺のこれからの時間は義勇のためにあるからな。
大勢の信者に無駄に割くのは避けたい」
とちゃんと真面目な回答が返って来て、思わず笑ってしまった。
最後のセリフ、これぞ錆兎!って嬉しくなりました☺️
返信削除更新ありがとうございます!
錆は真顔でこういう台詞言いそうだと思ってます😁
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