──あの時の君の対応は甘いと思っていたのだが、今の状況を見ると正しかったんだな…
あの社員旅行から数か月後、高校の同窓会の帰りに錆兎と杏寿郎、村田は少し飲み直している。
なので普段なら義勇が一緒でない時には極力早く帰宅する。
だが、今日は義勇もちょうど姉が子どもを産んだということで、現在姉が居住している北海道へ見舞いに出かけているので、今日は錆兎が一人だと知ったうえで話がしたいという杏寿郎の誘いに乗っている。
個室居酒屋で日本酒を傾けながらしみじみという杏寿郎の言葉通り、義勇に対して不死川は一切ちょっかいをかけて来なくなった。
…というか、最近社内で彼を見かけなくなったというのが正しい。
義勇と不死川に関する諸々を思い起こせば、加害者が罰則を与えられないと言うのは納得がいかない…と、杏寿郎は今でも思っていた。
だが、義勇が特に相手に罰を与えようと思っていない以上、罰を与えるために加害者の諸々に関わらざるを得なくなるということで被害者の義勇に不快な思いをさせるのは下策であることはわかる。
それよりは、こうして義勇が穏やかな日々を過ごしていられる現在の状況は正しいのだろう。
杏寿郎は、錆兎が言う加害者にとっての加害者になる事は自分の中の正義として受け入れることもやぶさかではない。
だが、被害者に対して加害者になって追い打ちをかけるのはさすがに嫌だ。
なので、今回は加害者に対してもやもやした気持ちは消えないが、被害者に負担をかけずに済んだと思えば、錆兎が止めてくれて良かったと心から思っている。
それにしてもほぼ一緒に育ってきたと言っても過言ではないのに、何故相方と自分はこうも違うのか…
いつでも自分は正しいと思う方向に動いてきたのだが、一見正しくないと思っていた相方の行動はいつも自分よりもきちんと結果を出している。
今後の参考にその判断基準を聞きたい。
杏寿郎はそう思って、今日ちょうどいい機会だと思って相方を誘ったのである。
しかしそんな杏寿郎の言葉に、何故か今回結果的に共に動くことになった旧友である村田は、非常に複雑な表情をして
「…錆兎…正しいってより怖いよ…」
と言う。
その言葉の意味がわからずきょとんとする杏寿郎。
いつでも相方は穏やかで、怖いと思われても仕方のない荒げた声を出して来たのは自分の方だったはずだ。
村田の言葉に小さく笑う錆兎。
「どういうことだ?」
と声に出して聞く杏寿郎に
「いや、実はあの時はほんの少しだけ時限爆弾を仕掛けておいたんだ」
「…???」
「…杏寿郎、お前の言うところの私怨というやつだ。
俺もそこまでしないでも不死川はもう仕掛けてこないとは思っていた。
これが学校教育の現場だとしたら、不死川の側が正誤を理解して改心し、心身ともにダメージを負わずにめでたしめでたしだったんだろうな。
まあ俺自身は俺の義勇に心身ともに傷を残した相手が全くのノーダメージどころかプラスになるあのやり方で終わらせるのは納得がいかなかったが、それは俺の感情であって今回はどうでもいい。
だがよくよく考えてみれば、このままでは不死川が義勇の言う『自分と絶対に関わらない場所』に居ることにはならないだろう?
会社に居れば部署は違っても会議や休み時間に顔を合わせることもあるだろうし、なにより宇髄と付き合いを続けるなら当然不死川もついてくる。
それだと不死川自身が物理的に何かするわけでもなくても、義勇は不快な諸々を思い出すだろうしな。
それではきちんと解決したとは言えない。
ではどうするべきか?
被害者の義勇が我慢をするくらいなら、加害者の不死川の方が消えればいい。
ということで、時間差で少しばかり精神的に追い詰められてもらった。
…たぶん最近不死川がほぼリモートにして出社して来なくなったのはそのせいだろうし、宇髄とも距離を取るようにしているようだし、直に自ら会社を辞めるんじゃないか?」
「????!!!!!」
「…リモートどころかさ、今心療内科に通ってて、もしかしたら休職するかもって噂なんだけど…そこまでいってるんだ?」
と、それにもどうやら色々知っているらしい村田がちびちびと酒を舐めながら眉尻をさげた。
「なんだか俺もあいつにすごく怯えられてるみたいだし…」
と付け加える言葉に
「ああ、それはすまなかったなっ!」
と錆兎は全くすまなかったという気持ちが感じられない満面の笑みで村田に謝罪する。
「ちょっと待てっ!一体君達は何をして、今何が起こっているんだ?!」
と、何があっても食うことは大切な彼しては珍しく、杏寿郎は美味い料理を前に完全に箸を放り出して身を乗り出した。
その杏寿郎の反応に二人して顔を見合わせると、そこは長年の付き合いでアイコンタクトでわかるのだろう。
錆兎が頷くと、村田は全てをスルーで飲み食いを始め、錆兎はいったん箸をおいて杏寿郎に向き合った。
0 件のコメント :
コメントを投稿