捕獲作戦_その後_もう一つの身近かもしれない物語

──不死川、お疲れさん。隣いい?

ずっと抱えて来たものがすっかりなくなって、半ば脱力して新宿行きの列車の座席に座っていた不死川は、聞き覚えのある声に顔をあげた。

その目の前にはさらさらの髪以外は何も特徴と言える特徴のない、しかし人の好さそうな男。

「あ~、村田かぁ。お前、鱗滝や煉獄と帰んないのかぁ?」
と聞きつつ、無造作に床に放っておいたカバンを行儀悪く足で自分の方へと寄せる。
それを了承と受けとって村田は礼を言うとその隣に座った。


「あ~、錆兎は元々は杏寿郎ともう一日こっちで過ごすつもりで有給取ってたんだ。
で、冨岡もたまたま有給取ってるってことだから、3人で遊んでいくらしいよ?
俺は仕事。
最近ちょっとトラブルがあってめちゃ忙しいから」

そう村田が口にするトラブルは不死川もなんとなく察した。
飽くまで噂だが、この旅行の少し前、横領事件があって一人懲戒解雇になっていて、経理はその件がきっかけで経費全体の洗い直しにてんやわんやらしい。
不死川の部署でもそのことで経費の使い方や請求の仕方に注意があったばかりだ。

「みんななんでもかんでも経費につけたがるし経理も大変だよなぁ…」
と思わず零すと、
「まあね。でも逆に面倒だからって経費一切つけずに自腹切っちゃう脳筋コンビみたいなのも困るんだけどね。
目立つあたりがそういう方法取ると他が本当に必要な経費を請求しづらくなるから」
と苦笑する。

ああ、そうなのか。
でもわかる気がする。

「あいつ…優しいいい奴だしなぁ…」
と不死川が思わず零すと、村田が、え?という顔をした。

その村田の反応に、不死川の方が驚く
錆兎のことをよく知っているはずの男が何故そんな顔をするのかがわからない。

「あいつ…優しいだろ?」
とさらに不死川が繰り返すと、村田は、う~んと唸る。

「優しい…かなぁ…?
正直、杏寿郎にはめちゃくちゃ優しい。
義勇にはもっと優しいだろうね。
俺も…まあ優しくされてると思う。
でも不死川に優しいかっていうと疑問だけど?」

そう言う村田はおそらく他人の優しさに慣れ過ぎてしまってわからないのだろうと不死川は思った。

「いや、今回のことを不問にしてくれるって十分すぎるほど優しいだろォ?」
と自らの愚行を顧みて口にすると、村田は心底困った顔をする。

「一応ね、忠告しとくとさ、今回の措置はお前のためじゃないからね?
義勇が数少ない友人として気にかけている宇髄が自身が関わっていることでお前が再起不能になったら傷つくだろうっていう気遣いだから。
あいつはさ、聞いたかもしれないけど、親しさの度合いで優しさふりわけてくやつだからさ。
あいつにとって一番の義勇が気にかけてるってことで、あいつにとっての宇髄の順位ってかなり高いんだよ。
だからさ、今回は宇髄が関わってるから助けてくれたけど、お前が個人でやらかした時のフォローは一切期待できないからね?
自分の周りの人間に対する影響を考えて万人に親切に好ましく見えるようにふるまいはするけど、情っていう意味ならあいつほどない人間も珍しいくらいだから。
本当に…極々少数の親しい相手以外に対しては論理と理性の塊よ?やつは」

「お、おう、そうかよ…」

まあそれは言われていたことで、義勇の順位が高いのは当然わかっていたが、宇髄がそこまで順位が高いこと、そして自分がその中に全く入っていないことまでは意識していなかった。

あの諭すような穏やかな物言いややり方は全て宇髄のためで、自分に対しての部分は全くなかったのか…というと地味にショックだったりするが、そこはそれでも物理的に助かったのは確かなので感謝はすべきだ。

なので
「ま、まあでも理由はどうであれ不問にしてもらえたのはありがてえことだからな」
と述べると、村田が、はぁ~と大きくため息をついた。

「正直さ、はっきり処罰すべきだって主張した杏寿郎の方が情があって優しいと思うよ?
錆兎が言うなって言えば杏寿郎も義勇も今回のことは口にしない。
だけどやったことは消えるわけじゃないし、逆に償える機会がなくなっちゃったっていうのが今回の措置なんだよ…」

「えっと…それはどういう……」

いつも柔らかな雰囲気の村田の声音にわずかに深刻な空気を嗅ぎ取って不死川が尋ねようとしたのを遮って、村田は何故かいきなり

「俺達経理がさ、今回忙しくなったのって、たぶん他にも知れ渡ってると思うんだけど、営業2部の角田の横領のせいなんだよねぇ」
と、まるでこれまでの会話などなかったように、話し始めた。

「あいつさ、横領して女に貢いでたらしいよ?
うちの会社って給料良いのに、それで足りずに横領ってどんだけよ」
と呆れたように言う村田の言葉は唐突ではあったが内容的にはおおいに同意する。

「…ブランドものとか宝石とか買いまくってたとかかぁ?」
「うん。まあ高額なプレゼントをね、たっくさん受け取った挙句、それをネットや質屋で売ってたらしいよ?彼女」

ああ、まあよくある話だな、と、不死川もここまではそう思ったわけなのだが、続く村田の言葉

「でね、そのお金をぜ~んぶあちこちの慈善団体とかに寄付しまくってたんだって」
「へ??女が??」
「そう、彼女が」

よくわけがわからない。
物が欲しかったわけでもなく、金が欲しかったわけでもないということか?

「なんでそんなことを??」
と首をかしげる不死川の問いを再び無視して、村田は続けた。


「角田のね姉は、それよりちょっと前に玉の輿に乗る予定だったんだけど、とある事情で婚約破棄されたんだって。
相手が良いとこの御曹司で式場とかも予約して招待状も出したあとだったんで、莫大な慰謝料が発生したらしいよ?」

「ちょ、ちょっと待てっ!
そんな状態で女に貢いでる場合じゃなかったんじゃね?」
と、その不死川の言葉も村田は当然のようにスルーで続けた。

「でさ、角田の場合は横領金額が100万以下なこともあって、会社との示談交渉中だったんだけどさ、示談成立でも懲戒解雇だし、今後まともな職にはつけないんじゃないかな。
で、姉は姉でなまじ御曹司との婚約破棄だからあちこちに広まってるしね。
で、角田と姉、二人して自分達三人兄弟の末の弟を刺して現在刑務所だから、法務部と経理が浮足立ってるってわけ」

「…え??」
ぜんっぜん話が見えてこない。

そんな不死川の戸惑いも何故かスルーで、まるで世間話のように始める村田。

「知り合いに聞いたんだけどさ、昔々さ、3人の仲の良い幼馴染がいたんだって。
2人の男の子と1人の女の子。
男の子の一人は中学に上がる際に私立の中学に行って、女の子はすごく賢い子で国立の中学に行った。
そして最後の一人は普通に公立中学へ。
そうして3人バラバラの学校になったんだけど、相変わらず3人仲良しだった…。
でもある時から公立に行った男の子の元気がなくなっていく。
…2人が心配して事情を聞いても何も言わない。
………
そうして中学3年になったゴールデンウィーク明け…。
公立に行った男の子は…首を吊って死んだんだ…。
理由はイジメだった。
でも学校は事実を隠蔽。
加害者には未来があるのだからと言い切ってかばった。
死んだ子の家族は離散。
そんな中、二人は思った。
………自分達だけはこの事実を一生忘れずに生きていくんだって。
それから国立に行った賢い女の子はさらに勉学に励んで某有名企業の社長の息子の秘書になって高収入を得るように。
私立に行った男の子も必死に勉強に励んで最終的に一流企業に…。
………
そして高収入の社会人になった二人は、毎月1回、お金を出し合って加害者の素行調査を依頼した。
本人だけじゃなく家族まで。
そうして時を待って待って待って…加害者の姉が玉の輿に乗れることになった時に女の子は自分が秘書をしている姉の婚約者に姉の弟が過去にいじめで一人の少年を死に追いやっていること、その後の反省のない態度など諸々を報告…。
…姉は弟に優しい人で、当時は学校がかばってもさすがにマスコミとか事件を知った一般人達からの非難を受ける弟を一所懸命かばってあげたらしいよ…?
でもそうやって加害者をかばった行動も、それから10年ほど経ってほとんどの人が加害者の事も被害者の事も忘れたであろう今頃、彼女の首を絞める結果になったんだ…。
御曹司は未来の社長だからね。
会社のイメージを考えたら、いじめを肯定したいじめ加害者の家族を嫁になんてできるわけがない。
そんな姉の婚約破棄から数日後…角田はとにかく気を惹きたくて貢ぎまくった彼女に──殺人者の弟の兄とはつきあえない…って振られたんだって。
彼女は直接的に角田にプレゼントをねだったわけじゃないし、勝手に横領までして貢いだのは角田…。
彼女の方はね、なんと売ったお金を自分の懐に一切入れずに寄付するだけじゃなく、その一部で贈与税まできちんと納める徹底ぶりだったんだ。
そうして彼女に振られて失意のどん底の角田に追い打ちをかけるように、彼の横領がバレて、さらに絶望に…。
姉が婚約破棄されたのも角田が振られたのも、何故か末の弟が関わっていることに気づいた二人は、可愛がっていたはずの末弟を呼び出して刺したっていうわけ。
末弟は命は取り留めたけどね…可愛がってくれていた兄姉は自分を刺して刑務所の中…」

「………ガキの頃の自分の行動が…十数年後にもなって自分の身内にきたってことか……」

思わず青ざめる不死川だが、話は終わりではなかったらしい。
村田はにこっと言う。

──角田の弟さ…大学卒業と同時に結婚して、奥さんと2歳の娘がいるらしいよ?

え……

「…姉が婚約者に出会ったのは、たまたま習い事で知り合って仲良くなった、婚約者の秘書の紹介…で、角田が”彼女”と知り合ったのも、同じく秘書の紹介。
そして…ね、角田の弟は同じく秘書の紹介の不動産屋を介して自宅建てたらしい」

「…幼馴染…二人の仕業…なのか…?」
「さあね?
でも違法な事はしていないし、何も証拠はない…。
そして…幼馴染の二人は思ってるんだ…。
自殺したあの子は全てを失って命を絶ったけど…奴にはまだ残ってる…ってね」


飽くまで笑顔で語る村田が怖い…。
というか…一つの可能性に行きついて、不死川はぞぉっと身震いした。


目の前の人の好さそうな男は何故そこまでの詳しい事情を知っている…?
そして…何故それを笑顔で話すんだ?

もしかして…男は………









4 件のコメント :

  1. おおぅ、村田さんかっけぇですね……流石一般人のふりした修羅の人。原作でも無限城からしれっと無傷で生還してるんですよね。自分に何が出来るかの見極めが凄く上手いんだろうなと思います。派手な天才ではない地味な自分でも出来る普通のことを諦めず確実にコツコツ積み重ねて最高の結果を生み出す、ある意味才能あふれた人じゃないでしょうか。何をやったか尋ねると、一つ一つはそんなに難しくない自分にも出来そうなことだけしかやっていないけれど、それを全て完璧に効率よく根気強くやり遂げるのはかなり難しいと呆然とするしかない、目立たない超人という気がします。

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    1. 村田さんは色々な意味で最強の凡人、最強の一般人ですよね😁

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  2. 流石はモブキングの村田さん。性格がとても良くて村田さんが登場すると安心感がハンパないです😊決して悪い方向にはいかない気がします✌️

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    1. 村田さんは地味に良い仕事をしてくれます😁

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