捕獲作戦_完了_被害者の家族が見る苦しみについて

「君は暴力を振るってきた相手が何事もなかったように処罰もされなくても気にならないのか?」

普段の明るい脳筋の顔とは全く違う、難しい表情で杏寿郎がそう問いかけて来た。
まだひっかかるものがあるらしい。

処罰…処罰かぁ…
とそれに少し考え込む義勇。

正直、錆兎がいなかったとしても、不死川を特別に好きになるということは一生ないと思う。
それは確かだ。

憎いとか嫌いとかそういうことよりも、この先、不死川がどれだけ笑顔を向けてきたとしても、憎々し気に怒鳴られた声とか、殴られた痛みの記憶とかは消えることはなく、今笑顔で居ても、彼はそうやって何かあれば危害を加えてくる可能性の高い人間なのだという認識が消えることはないからだ。

だが、別に不幸になってくれとも思わない。
不幸になって荒れて万が一その荒れた心のまま何かで自分や他の人間と接するような可能性を考えれば、むしろ自分と絶対に関わらない場所で穏やかに幸せに暮らしていてくれる方が、義勇的には平和でいい。

そう言うと、杏寿郎は、あなやっ!と、時代がかった驚きの声をあげる。

そしてふと彼にしては珍しい複雑な笑みを浮かべて
「俺の弟と同じことを言うんだな…」
と言った。

「弟さん?例の…相手を少年院送りにした?」
と義勇が聞き返すと、
「正確には少年院送りに関しては弟ではないな。
少年院送りにすることを望んだのは俺で、実行はほぼ錆兎だな」
と杏寿郎は苦笑する。

「弟はとても優しい性質の少年だ。
だから加害者に対しては君と同じことを言っていたな。
ただ自分に危害を加えるのをやめてくれればそれで良いと、追い詰めることは望んではいなかった。
だが俺は許したくはなかったし許すべきではないと思った。
そこでまあ…錆兎に頼んで弟を説得をしてもらったんだが…」
と、そこで杏寿郎は少し眉尻を下げた。

「さきほどの一件で錆兎に俺が我を通すのは俺自身も君に対して加害者になるということだと言われたが、その時はまさにそれだったな。
錆兎は法的な処罰を勧めてきて、弟がそこまで望んでいないというと、このまま相手に何もペナルティのない状態で放置をすると、俺が犯罪者になると脅す形でな。
確かにそれはありうることだったし、弟も相手が身体的に障害を負うレベルの怪我を負わせられたり下手をしたら命を落とす上に、俺が犯罪者になるよりはということで、法的な形で進めることを了承したんだ」

「なるほど…」
と頷く義勇。

確かに義勇の姉の蔦子もたいそう優しい女性ではあったが、義勇を守ろうとする気持ちは人一倍強かったし、義勇が泣いて帰ってきた日には、両親が止めるのも振り切って、学校の教師に訴えに行ってくれたこともあった。

もし不死川の暴力というものが義勇が怪我をするレベルだったとしたら、絶対に学校に訴えて、それでもダメだったら教育委員会に訴えるまではしていると思う。
それでもダメなら、なんだったら警察に駆け込むくらいはしたかもしれない。

「杏寿郎は弟が可愛いんだな」
と、そんな今は嫁に行ってしまった姉を思い出して微笑ましい気持ちになって言う義勇に杏寿郎はやはり真剣な顔で
「ああ、可愛いぞ。とても可愛い。
同級生の加害行動でそんな弟の人生がつぶれるのだとしたら、俺は断固として戦うつもりだった」
と頷いた。

その杏寿郎の言葉に、イジメで人生がつぶれるまでは大げさだろうと思ったのだが、それを口にすると、杏寿郎は表情を険しくする。

「大げさではなく、相手の暴力や暴言で学校に行けなくなる被害者は少なくはない。
学校に行けないと言うことは勉強も遅れるし、成績も下がる。
希望の進路に進めない可能性だってあがるし、もっと言うなら心を病んで最悪外に出られないという被害者もいるんだ。
そうやって被害者は道を閉ざされるのに、加害者は普通に守られて平穏な社会生活を送っているのは間違っていると俺は思っている。
我が家の傍にもそういう被害者のご家族がいてな。
他人事でも許せない気持ちで満たされるのに、可愛い弟がそんな事態になるなんて絶対に許せなかったんだ。
学校は加害者の人権は守るが被害者の人権は守らない。
被害者が学校に来られなくなるくらいなら、加害者の方を登校禁止にするべきだと俺は常々思っていた。
イジメが犯罪で重大な罪であるということを、加害者は自分にとてつもない不利益が降りかかることで身をもって思い知らない限り理解することはないし、イジメはなくならん。
いや、イジメと言う言葉を使うのが悪いな。
いじめではなく犯罪だ。
そういう意味では俺はよく漫画やドラマ、小説にあるような、それまで相手を傷つけていた輩が実は被害者のことが好きで、謝罪して告白して相思相愛になるという話も大嫌いだ。
そんな話を流行らせるから、加害者が軽い気持ちで相手に危害を加えることになる。
一方的な暴力の加害者は犯罪者だっ!
社会から隔離されて、被害者はもちろんのこと、まともな人間からは相手にされなくなった方がいい!!」

あまりに熱く語られて義勇が反応に困って戸惑っていると、そこは脳筋と言われつつも実は周りはよく見えている男なのだろう。

杏寿郎はふっと圧を逃がすように笑みを浮かべて
「錆兎はな、武道を教わった祖父から『お前がイジメに加担したら、わしはお前を育ててお前に武道を与えた責任上、お前を叩き殺した上で切腹をする』と脅されて育っているんだ。
だから俺はしばしばカッとなって手をあげそうになることもあるが、あいつが試合以外で誰かに手をあげようとしたところを見たことがない。
親が幼少時からいじめに加担したらお前の命はないものと思えと言うくらいに育てたならば、少なくとも小学生くらいには多少の自制心はつくと俺は思うんだがな。
少なくとも軽い気持ちで暴力に走ったりはしなくなる。
その証拠に暴力を振るう奴でも自分より強い奴に向かっていかないからな。
自分が痛い思いをするくらいなら、手なんかあげないんだ」
と、少し話題の方向性を変えて話してきた。

なるほど。
確かにそうだ。
イジメっこと言われる人間は自分よりも立場や腕力が強い人間には向かって行かない。

…俺が弱いから…か…
と、ふと思った義勇だが、杏寿郎はそんな考えを読み取ったように
「必ずしも弱い人間だけではなくてな、君や弟のように優しくてやり返さん人間も選んでくるな」
と、フォローをいれてきた。

相手が加害者ではない限り、錆兎同様に杏寿郎も細やかで優しい男らしい。











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