「まあ落ち着いて話をしよう。
というわけで…良い茶菓子を持ってきた」
と、勝手にお茶を煎れながら錆兎は懐紙の上にコロコロと丸いキャンディのような包みを転がして、
和三盆の干菓子だ。
和三盆と言うのは砂糖の一種な?
普通の砂糖よりも優しい味がする。
杏寿郎が落ち着きのない時にもよく口に放り込むんだ」
と、最初の言葉ではわからないであろう実弥にもわかるように説明をしてくれる。
つまり、茶と菓子でも口にしてまあ落ち着け、と言うことなのだろう。
「お前…なんだか同い年に思えねえよなァ。
すげえ爺さん先生とかと話してる気がする」
いつも飽くまで穏やかに諭されるので、なんだか同世代と言うよりは随分と落ち着いた年の離れた上司や先生と言った目上と居るような気がしてそう言ったのだが、失言だったらしい。
正面に座った宇髄が慌てて身を乗り出してきて、伸ばした手で実弥の頭を掴むと、ゴン!とそのままテーブルに打ち付けた。
「す、すまねえっ!こいつホントに悪気はねえんだっ!!」
とそうしておいて慌てて振り返る宇髄の手を錆兎はそっと外させて、
「大丈夫。言わんとしていることはわかっている。
俺は爺さんに育てられたようなものだからな、趣味が少々年配寄りなのと、あとは極力感情的にならないようにと躾けられているから、そう感じるんだろう」
と、穏やかな笑みを浮かべて言う。
「…俺とは真逆だなァ…」
と実弥が顔をあげて見上げると錆兎はにこっと
「それについて少し話を聞いて欲しい」
と言うと、実弥と宇髄にも勧めながらも、自分もまん丸い菓子を包んだ和紙を開けて白と薄桃色の小さな半円を二つ重ねた砂糖菓子を口に放り込むと、ズズっとお茶をすすって言った。
「少し自分語りになってすまないが…俺は幼い頃から武道を叩き込まれていて、その際に武道の師匠でもあった祖父に絶対に一般の人間に手をあげるなとキツく言い含められている。
相手に怪我をさせてしまうからな。
だが当然感情的に腹をたてれば手が出そうになることもある。
だからカッとなりそうな時は脳内で古文を唱えている」
へ?と固まる実弥の横では宇髄が
「古文かよっ!あれか?脳内で『祇園精舎の鐘の声…』とか唱えんのかっ?」
と爆笑。
それに錆兎は澄まして
「いや、俺はそういう時に軍記物はちょっと…。
唱えるのは主に枕の草紙だな。
脳内で『春はるはあけぼの。ようようしろくなりゆく山ぎわ少し明あかりて、紫むらさきだちたる雲くもの、細ほそくたなびきたる』とか唱えていると、まあ長くても『冬はつとめて…』に辿り着く頃には落ち着いてくる」
と修正するので、実弥もなんだか笑ってしまった。
なんというか…かなり変わった男だと思う。
デキる人間というのはもっと卒がなくありきたりに洒落た性格をしているものなんじゃないだろうか…
思わず注視してしまう実弥に錆兎は穏やかに言った。
「宇髄には言ったんだが…会社での俺の性格は仕事に必要なこともあってかなり意図的に作っている。
素の俺は特に華やかでも外交的でもない、ただの不器用な田舎者だ。
で、俺は今どうしてこうして頑張っているかと言うと、稼げるうちに稼いで早期リタイアして、田舎で畑を作ってイノシシでも狩って、基本自給自足で暮らしたいからなんだ。
だからそんな俺を受け入れてくれる義勇に固執したわけだ」
世間一般の評価からすると全く信じられないような話だが、なんだか嘘のような気がしない。
ああ、そうなのか…と実弥は素直に思った。
「というわけで…本題なんだけどな、爺さんにそう躾けられたというのもあるが、俺自身も極力敵を作らないようにしている。
学生時代からなるべく他人には親切にして好意を持たれるように努力してきた。
腹がたつことがあっても先ほどのように受け流すようにしている。
それは俺がいい奴だからとかではない。
たとえ恨みを買って殴り掛かってこられても、俺は物理でも法的にでもいくらでもやり返せる。
だがそれをやってさらに恨みを買ったとしたら、いつか将来でニアミスをして悪意のある行動を取られるかもしれないだろう?
それがそいつと俺の直接的なやりとりだけならいいが、例えばそいつに好意的な奴からも俺は嫌な奴になるし、逆に俺と親しい人間がそれで報復の対象になったりする可能性もある。
お前に具体的に当てはめてみれば、お前が揉めた人間の関係者がいつの日かお前の兄弟が志望する会社の人事にいたらどうする?
もっと直接的なもので言うなら、お前に殴られて殴り返せずにいた人間が、お前では敵わないからとお前の妹を殴るかもしれない。
普通なら知らない人間に危害を加えることはしないが、自分に危害を加えた人間の家族相手なら当たり前だと思う輩もいるだろう?
相手はそれが正当な権利で正義だと思っているからためらわない。
お前がそれで相手にやり返したとしても、お前の兄弟が就職に失敗したり、殴られて痛い思いをしたり、怪我をしたりしたのが消えるわけではない。
逆にお前が親切にした人間は、お前の関係者にも好意的な態度で接してくれるだろう。
自分の行動は自分に返ってくるだけではなく、自分の大切な人間の評価にもつながるし、生活環境に影響してくる可能性が多々あるんだ。
大切な人間がたくさんいるなら余計に、その人間達に少しでもプラスになるように、無駄に敵を作ることなく、無理のない範囲で周りの評価も気にして生きた方が良いと思う。
お前が自分のこと以外はどうでもいいという人間なら敢えて言わないがな。
友人の宇髄を巻き込んだことをまず気にするお前ならわかるんじゃないかと思う」
言われて実弥は今自分が犯罪者として捕まったら、同性を拉致して無理に交際を迫った変態の兄弟として可愛い弟や妹が後ろ指を指されて生きるのか…と、今更ながら青ざめた。
そうだ。
最悪自分が会社を辞めれば良いとかそんなレベルの話じゃない。
大切な大切な母や弟妹達を性犯罪加害者の家族にするところだった!
「…あの…鱗滝…忠告を散々無視しておいて都合のいい話なんだが、今回のは……」
と実弥が全部言うまでもなく、錆兎は
「わかっている。
今回のは実はお前の行動も予想をしていて、宇髄にも協力して良いと許可を出していたんだ。
話せばわかる…と言いたいところだったが、お前も色々情報過多になっていて、一番わかって欲しいところを伝えても頭に入らなくなっていると思ったし、やろうと思うようにやってみて落ち着いたところで話が出来ればと思っていた。
だから義勇にも杏寿郎にも今回のことは不問にさせるし、口止めもする」
と、頷いて見せる。
その言葉に実弥は心の奥底から安堵した。
確かに18年間抱え続けた想いではあったのだが、大切な家族や友人を犠牲にしても…とは、到底思えない。
実弥は良くも悪くも感情的な人間だった。
大切な相手を大切と思う気持ちはおそらく人一倍強い。
小学1年生の時からずっと抱え続けた想い。
その自分としては一番大切だと思っていた気持ちを、実弥はここでようやく手放す決意をしたのである。
えぇ~お咎めなしですか。甘過ぎる気がするんですが。そりゃご家族は気の毒ですけど性犯罪者予備軍を放置したままって。何らかの罰は受けるべきだと思うんですけど。
返信削除お咎めなし=ラッキーかどうか…については、もう少し先の回で話がされます😁
削除あと…家族のことを考えろという話は錆兎が実弥の家族を気の毒に思うからではなく、そう言えば実弥が義勇に対する加害活動を自粛するだろうという考えからですね😀
性犯罪加害者の身内として後ろ指指されるご家族が気の毒だからって被害者に我慢させるのはやったもん勝ち過ぎて酷くないですか。
返信削除他の方のコメントでもお話しましたが、錆兎が実弥の家族を案じているわけではなく、実弥が家族のことを考えて義勇にたいする加害活動を自粛するようにそれについて触れているという感じです😀
削除そして義勇に関してはこの先の話で出てきますが、実弥に対しての処罰を望んではいません。
正直もう処罰を与えるために関わるのは嫌だというスタンスですね。
あと…法的&物理的にペナルティを与えないことで実弥がラッキーかどうかも、この先の話で出てくるので、もうしばらくお待ちください😄