「義勇と実際にやりとりをする前にいくつか確認事項がある。
何度も悪いな」
と、部屋に入るなり錆兎が言う。
自分が仕切って自分が被るって決めただろうよっ!
と宇髄は内心ため息をついた。
本当に錆兎は良くも悪くも決断も行動も早すぎてついて行くのが大変だ。
そりゃあこんな男がリアルタイムで無防備な自分達の情報を得ながら本気になって逃げようとしたのなら、捕まるわけがなかったな…と、今回の諸々の失敗を思い出す。
しかしとにかく今は主導権は握らなければ…と、宇髄はそこでやや強引に
「とりあえず俺からいくつか説明するから、座るぞ」
と、話を持っていって、ローテーブルにと他の二人を促した。
促されて不死川とはテーブルをはさんで正面に座る宇髄と錆兎。
報告する側とされる側なのでこういう形になるのもおかしくはないはずなのだが、これまでは自分は常に不死川の側だったので、宇髄はそれになんだか不思議な気持ちになる。
でもそんなことをしみじみと思っているとまた、錆兎に全てを持っていかれるので、宇髄もちゃっちゃと本題に入ることにした。
「まず俺が尋ねたこと、それに対しての冨岡の返答を伝える」
と切り出す宇髄に息を飲む不死川。
そんな正面からの痛いほどの視線に色々な意味で緊張をする。
宇髄からすると最悪の事態ではないと思うのだが、不死川からするとどうなのだろうか…
「冨岡には色恋うんぬんまでは伝えてなくて、単にお前が悪意じゃなく、冨岡と仲良くなりたかったんだが素直になれなくてああいう態度になったという形で伝えた。
そのうえでお前が謝罪をしてもう絶対に暴力暴言を吐かないと約束したなら普通につきあっていけるかと聞いてきたんだが…。
冨岡の返答とお前が知らなかった諸々、それを全部聞いてよく考えてから、冨岡にどう話すのかよく考えて決めた方が良いと思って、いったん話をしに来たんだ」
との宇髄の言葉に、不死川は勢い込んで身を乗り出した。
「お前がそう言うってことは、冨岡はとりあえず俺と話すことを了解したってことだろっ!
ならいうことは一つっきゃねえよっ!」
そう言う不死川に、その楽観的な発想はどこから来るんだよ…と宇髄はおおきくためいきをついた。
宇髄がやや強引に話を奪いに行ったあたりで恐らく宇髄自身のやり方で進めたいのだろうと察して黙っている錆兎の察しの良さと比べると、その察しの悪さに、本当に頭を抱えたくなる。
まああの正義感が強いがゆえに暴走気質の煉獄と幼馴染でずっとやってきたことで場数を踏んでいるというのはあるのだろうが…。
そう言う意味では自分達は宇髄の方が錆兎の役割を担っているので、不死川にそういう能力が育たなかったのだろう。
そのあたりを嘆いても仕方がない。
時間もないことだし進めてしまおう。
宇髄はそう腹を決めて話に戻った。
「冨岡は俺の話を聞いて、まずお前が暴力暴言をやめるということを信じられないと言った。
ただ、もしそれが本当だとするなら、過去の諸々に対して恨んだりとかはないそうだ」
「あ~…それは…結局?
今後の行動で信頼を取り戻せってことかァ?」
ここに来てもまだ楽観的過ぎる不死川に宇髄は今日もう本当に何度も付きまくったため息をまたつくことになる。
「お前な…なんでそんな楽観的なんだよ…」
「……?」
相手を追い詰めすぎてはいけない。
むしろ多少の希望を残すくらいにしないと暴走する可能性が高い。
そうは思うものの、だんだんと苛立ちが募ってきた。
「お前はな、もう信用できねえって言われてんだよっ!
殴らねえって言ってもそうは思えねえって。
俺、もう10年以上言い続けたよな?!
恨みに思わねえってのはなかったことにするってわけじゃねえんだよっ!
そういう奴だって思うから気にしねえってことだっ!
暴力暴言野郎っていうレッテル貼られてるってことなんだよっ!
いい加減分かれよっ!!
だが近寄っても良いってよっ!
冨岡にはもう信用できる人間関係があって、そいつらに守ってもらえるからってなっ!」
ああ、最悪だ…と自分でも思った。
だが何故だか止まらない。
何かタガが外れてしまった感じだ。
言われた不死川はショックを受けた顔をしている。
それにすら、何をいまさらっ!と思ってしまう自分に宇髄の方もショックを受けていた。
──すまんっ!宇髄は疲れているっ!!
と、それを強引に止めてくれたのは錆兎だった。
グイっと宇髄を不死川から引き離すようにその肩を掴んで後方に押しやり、代わりに自分が少し身を乗り出して不死川に視線を合わせて言う。
「義勇はそこまでは言ってない。
ただ、あまりに長い間不死川が暴力暴言を振るうのが当たり前だったから、これからやめると言われても信じる事は出来ないと言っただけだ。
恨みを引きずっていたりはしないが、では他と同様に普通に友人づきあいが出来るかと言われれば、害を及ぼさないということを信じられないから怖くて無理だ。
ただし物理的に絶対に暴力を振るえない、つまり確実に止めてくれる誰かが居るなら同席をするのも問題ないと言うことだった。
つまり…
悪意がなかったのを認めることはできなくはない。
今までのことを怒っているわけでもない。
だが今後害を及ぼさないという言葉は信じられない。
だから関係を完全にシャットするつもりはないが、同席をするなら万が一手が出た時に止められる人間が居る時に限る。
これが義勇の答えだ。
この結果はお前や宇髄が目指していた結論とはかけ離れているのだと思う。
そして宇髄はお前のためにおそらく十数年間尽力してきて、こうして一つの結論に辿り着いたことで、とても気が抜けたし疲れてしまっているんだ。
お前にとってそれが最良の結論じゃなかったにせよ、宇髄が普通の友人ならとっくに見捨てているくらい長い期間お前のために動いてくれたことは事実だろう。
だからそれには感謝をして、今ある友情を大切にした方が良いと思う」
そう言う錆兎の言葉は宇髄の目からするとあまり不死川に響いているようには思えなかった。
不死川の視線はチラリとも宇髄に向くことはなく、ただ、現在情報を与えてくる錆兎に向けられている。
そしてその不死川の口から出てくる
「…つまり…宇髄が同席すれば挽回のチャンスをやるってことかァ?」
という言葉に宇髄は絶望した。
この1日2日の付き合いの錆兎ですら宇髄の心身の疲労を案じているのに、10数年来の付き合いの不死川は目の前のことしか見えていないのか…。
と、そんな宇髄の絶望感すら、隣の男は察してしまったらしい。
(…全てを知って余裕のある人間と、十数年の結果をまさに今突きつけられている最中で必死な人間の違いでしかない。
人間性でも思いやりの違いでもないからな。
落ち着けば情はまた思い出す)
と、ポンと肩を叩かれながら小声でささやかれる言葉に、不覚にも目の奥が熱くなってきた。
こんな風に落ちて行きそうな気持をすんでの所でふわりふわりと受け止められれば、確かに人見知りで人慣れない義勇だって惚れ込むだろう。
手に入れて余裕のある錆兎と手に入れたくて必死な不死川…その違いは確かにあるのだろうが、時間的に余裕があるのはどちらだったかと言うと十数年の猶予があった不死川の方なのだ。
おそらく納得はしないだろう。
しかし納得できないことについて、事情が分かっている自分が伝えて受け止めてやるのが友情だと思う。
だからこそ宇髄は言った。
「はっきりと言う。
冨岡はお前を信用できねえし、また暴力を振るわれると思うと怖いから二人になりたくはねえ。
だが鱗滝が居れば絶対に守ってもらえるから、こいつと一緒の時ならお前が居ても良いって言ったんだ。
あいつは鱗滝が好きなんだとよ。
でもこいつを恨むなよ?
お前は十数年もの間、俺が散々注意しても冨岡を殴り続けて信頼を失った。
一方でこいつは2日間の間、確かに親友の煉獄のためにだったとは言え、お前から逃げたいという冨岡を守るだけじゃなく、全力で冨岡に寄り添い続けたんだ。
お前にはとんでもない長い猶予期間があった。
それをどぶに捨てたのはお前自身だろ」
「…う…そだろ…」
と、そこで不死川は初めて楽観的にとらえられる要素が現状全くないことに気づいて青ざめた。
そして
──もう絶対に冨岡の特別にはなれない。そこは諦めろ
と最終宣告をする宇髄を呆然とみつめた。
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