捕獲作戦_完了_懐く男

「そういうわけでな、俺も義勇の代わりは居ないと自覚したところで、それを伝えようと思ったわけなんだが、そこでおそらく他にも好意を持っているであろう人間が居ることを知っていて伝えないのはフェアじゃないと思ったんだ」
と、照れも戸惑いもなく淡々と言う錆兎。

さきほどまでの淡々さとは違って声音に温度を感じるものの、こういう言い方はそれこそ別に他意はなく、彼のスタンダードなのだろう。

「…そこでもう一声…実弥の告白より先にというのは気の毒とかはなかったか?」

もう過ぎた事を言っても仕方ないと思いつつも尋ねると、

「それ…一緒にという意味なら、選ばれなかった方のダメージがデカすぎないか?」
と返されて、確かに…と思う。

錆兎の雰囲気からすると、おそらく義勇は錆兎の手を取ったのだろう。

まあそうだよな、優秀でイケメンで人当たりが良くて?それでいて不器用なところもあるがゆえに不器用な義勇も緊張せずにリラックスできる…そんな男が、自分が一番助けて欲しい時に自分に負担をかけないようにと最善を尽くしながら助けてくれるのだ。
惚れない方がおかしい。

というか、今までこいつの周りに居た女たちが偏っていただけで、単なる洒落たイケメンよりはよほど面白い男なんじゃないか?
こいつが素を出さないからわからないだけで、素を出せばさらに近づきたいと思う人間は多くなるはずだ。
現に今、宇髄は久々に友人になりたいと思う人物に出会った気分になっている。

「実弥の事はそれはそれとして…落ち着いたら俺もイノシシ狩りとかしてみてえな」
と打診すると、プライベートでは確かに裏表のない人物なんだろう。

錆兎は少し驚いたように目を見開いて、それから
「いいぞ。今度有休を合わせて取って3日ばかり爺さんの所に泊まるか」
と笑って言った。


そんなやりとりをしていると、ドアの向こう、廊下の方でなんだか楽し気な声が聞こえる。

「…来たか」
とそれに気づいた錆兎が立ち上がってドアを開けに行った。

「あ、宇髄っ。待たせたか、ごめん」
と、驚くほど明るく言う義勇。

そして、
「錆兎、買ってきたなかに芋羊羹あったよね?
杏寿郎に出してあげて」
と、人見知りなはずの義勇がまったく緊張した様子もなく笑顔で煉獄を振り返った。

それに
「あの老夫婦の店に行ったのなら、その芋羊羹は俺のためのものだろう?!」
と宇髄と不死川が対峙した時とは打って変わって気のいい明るい脳筋の顔をした煉獄が言う。

錆兎どころか煉獄までここまで気を許されているのか…と驚く宇髄の肩にポンと軽く手を置くと、
「杏寿郎は長子だというのもあるが道場主の息子だからな。
構って欲しい子どもから馴染みにくい子どもまで、たいていの人間と打ち解けることが出来るし、俺よりよほど他人の面倒をみ慣れているんだ」
と錆兎が説明を加えて来た。

なるほど。
煉獄の方も自身が悪と認識した相手以外には皆が認識しているような気のいい面倒見の良い脳筋兄貴なんだろう。

2人して好感度の高い脳筋コンビのことだから、普通にしていれば義勇も懐くのか…。
と、今更ながらに伊達に社内一の人気者コンビではないと感心しつつ、不死川の想いを成就させるのは、この二人が介入した時点で無理なんだろうなぁ…と半ば諦めの気持ちが脳内を占めた。

とはいうものの…唯一の相手というのがダメでもせめて煉獄のように仲が良い信頼できる…なんなら困った時に相談くらいするような友人と言う立ち位置に持っていけないだろうか…。

もう少し落ち着くまでは、いったんは義勇が他の相手と一緒に居ることになっても、そうやって頼れる友人として傍に居れば、錆兎相手では絶対にないとは思うが万が一義勇が相手とうまくいかなくなった時に…と、そんなかすかな希望を残してやりたい。

そうしているうちに不死川もふっきれて、他に誰かを見つけることができるようになるかもしれないだろう。

…と宇髄はそんな風に思ったわけなのだが、錆兎はとにかくとして、煉獄はこれまでの暴力暴言で不死川を見限っているので、彼がいる限り、そんな接触を持てるように交渉することすら許さないかもしれないが…と、ちらりとその場にいる面々を見てため息をつく。

しかしそこで、驚いたことに、
「杏寿郎、お前は芋羊羹持ち帰りだ」
と、そんな宇髄の小さなため息すら聞き取ったらしい錆兎がそう言って芋羊羹を含めたいくつかの和菓子を包み始めた。

もちろん
「何故だっ?
話し合いをするなら俺も同席するぞっ!」
と、その気満々で来たのだろう。
煉獄はそう異議を申し立てる。

そこで錆兎が言った。

「あ~…今回の話し合いは不死川は不在で、不死川に対する距離や対応を俺が間に入って宇髄と義勇で検討するだけだ。
お前が絶対に居なければならない理由はない。
それより巻き込んで迷惑をかけた村田に対するリカバリが先だ。
一応、村田が好きだと言っていた鶯餅も買ったからな。
それを持って謝罪と礼、それから今後も何かあれば迷惑をかけるかもしれないがよろしく頼むと俺の分も頭を下げて来てくれ」

「むぅ…それは確かに必要だな…」

なまじ普段の計画などは錆兎がたてているため、その点に対しての煉獄の錆兎に対する信頼は厚いらしい。

話し合いの席に同席出来ないと言うことは必ずしも納得ができるわけではないが、すでに手間をかけている協力者に礼と謝罪と今後の挨拶と言われれば否とは言わない。

「そうだな。村田には丁重に頭をさげておく」
と、最終的にそれでも納得して、煉獄は和菓子の包みを手に、
「じゃ、杏寿郎もあとで夕食の時にっ!」
と手を振る義勇に手を振り返して、錆兎達の部屋を出て村田の部屋へと去って行った。









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