あまり色々なものに執着をする性質ではないが、その分欲しいと思ったものは絶対に手に入れたい。
その最たるものが目の前にあるのだから、手を伸ばすのは錆兎としては当たり前のことだ。
ただし…その後、色々揉めないために、先手は打っておくことにする。
なのでとりあえず食事まではここでして、その後移動でお茶を飲みに行こうということで、
「それまでの時間なんだが…少しだけ話をさせてもらっていいか?」
と切り出す。
当然義勇が拒否することはないが、改めて言い出したことで緊張しているのがわかって、
「いや、別に義勇にとって悪い話とかじゃない。
俺の心境の変化とか…その他の状況についての話を打ち明けておくだけだから、緊張しないでくれ」
と苦笑すると、義勇は少しホッとしたようにコクコクと頷いた。
そんな反応も可愛いなと思う自分は、だいぶはまってるなと錆兎は思う。
ともあれ、時間はあるにはあるが有限ではあるので、ちゃっちゃと話を進めようと、起き上がって姿勢を正した。
「とりあえずな、先日も言ったが、俺が今回の事に介入したのは、元々は一方的な暴力暴言が嫌いな杏寿郎がお前と不死川のやりとりを見たら暴走するからそれを避けるためで、俺自身はお前に対しても不死川に対しても…もちろん宇髄に対してもなんにも思うところはなかったんだ」
と、まず確認のため一度言ったことをもう一度説明しておく。
それに対して義勇は神妙な顔でコクコクと頷いた。
「で、俺と杏寿郎でお前と不死川を接触させないように画策しているわけなんだが、ここでな、俺の方に心境の変化というのが起きたんだ。
まあはっきり言ってしまえば俺はお前に惹かれたんだと思う。
だから今は杏寿郎のためではなく、どちらかと言うとお前のために動いている。
もちろんお前がそこまで俺に対して思い入れを持てないと言うならそれはそれで仕方ない。
それでも友人としてお前が理不尽な目に遭いそうになったら断固として守るつもりだが、お前がもし俺を唯一特別な相手と思ってくれるなら、俺個人としては嬉しい」
正直仕事だといくらでも適切で魅力的に思える言葉というものが出てくるのだが、プライベートな人間関係となると武骨で不器用な言葉しか出てこないものだなと自分でも思って、自嘲する。
実際、その言葉を聞いた義勇はさきほどのように照れたような表情ではなく、むしろ困ったような表情を浮かべていた。
「ああ、別に困らせたいわけじゃなく、友人としての付き合いが出来ればとりあえずそれで嬉しいんだが…」
と、その言葉に思わずそう付け足す錆兎だが、義勇の口から出てきたのは思いがけない言葉だった。
「あの…なんで俺なんかを?
俺はしゃべるのも上手くないし、人間関係も上手く出来ない。
錆兎みたいに社内でも有数の仕事が出来る人間でもないし……
錆兎を好きにならない人間なんてこの世に存在しないと思うけど、そんな相手に好きになってもらえるような要素なんて俺にはないと思う…。
そりゃあ好きになってもらえればすごく、すごーーく嬉しいけど……」
おずおずと、彼にしては随分と雄弁に語るその言葉に、錆兎はホッとした。
嫌がられているわけではない。
信じられてないだけなら、いくらでも説明はできる。
…というか、自分を好きにならない人間がこの世に存在しないとか、買いかぶり過ぎだろうと、義勇のその子どものような発想が少しおかしかった。
「俺が義勇を好きな理由…それはまず俺自身が一緒にいて安らげることが一番だな。
俺は元々は華やかな性格をしているわけじゃない。
仕事では必要だからそういう部分も持ち合わせるが、プライベートだとそれこそこういう田舎の地元の人間がゆっくりするような公衆浴場でくつろいだり、派手さはないが料理が美味い小さな割烹で飯を食ったり、そんな風に過ごすのが好きなんだ。
そういう所に連れて行っても嫌な顔一つせず、むしろ一緒に楽しんでくれる、そういうところが嬉しい。
あとはテンションがあまり高くないところかな。
何度も言うが俺は元々は派手で華やかな性格をしているわけではないから、たまにはしゃぐのはいいが、常に騒がれると疲れてしまう。
仕事では常に気を張っているから、プライベートでは傍にいてホッとする相手と居たい。
義勇の少しスローテンポなところに俺はすごく癒されるんだ。
俺は一人でいたいわけではないのだが、他人といると少し疲れると言う厄介な性質なんだが、そんな一人でいると少し物足りない心の隙間が、義勇といると過不足なくすっぽりと満たされるんだ。
だから別に特別何をしてくれなくてもいい。
ただ一緒に居て欲しいんだ。
ダメだろうか…」
自分が義勇を好きな理由…それを自己分析しながら説明すると、義勇は少し驚いたように目を丸くしてそれから少し戸惑ったような…照れたような、そんな顔をしながら
──俺でいいなら…
と言ってくれる。
もちろんそれに返す言葉は
──お前で…じゃない。お前がいいんだ。
で、その返答に義勇は今度こそ少し恥ずかしそうな笑みを浮かべて
──よろしくお願いします。
と、なんだかかしこまったことを言って、頭を下げて来た。
こうしてまず義勇の気持ちを得ることが出来てホッとした錆兎は、しかしもう一つ通すべき筋を通しておくことにする。
それは義勇に対してというより、どうせあとで色々話し合いを持つことになるであろう時に不死川や宇髄にグダグダ言われないためだ。
なのでまず
「受け入れてくれてありがとう。
こちらこそよろしく頼む」
とこちらも笑顔で言ったあと、
「自分の想いから先に伝えておいて気持ちを確保してから伝えると言うのは卑怯だとは思うのだが…」
と前置きをしたうえで、もう一つの事実を伝えることにした。
「これは本人から聞いたわけではなく、はたから見たらそうだろうと思うことなのだが」
と切り出すと、義勇はまた少し緊張した表情をするので、
「いや、本当に義勇に対しての悪意の話とか悪いこととかではないから、そう緊張はしないで大丈夫だぞ」
と、苦笑する。
それに義勇はまた少し戸惑った表情で、それでもこっくり頷いた。
そこで錆兎は逆に自分の方は少し緊張しながら、しかしそれを極力表に出さないように話し始めた。
「不死川のことなんだが…あいつがお前をひどく追い回すのは、おそらく嫌いだからではなく、お前のことが好きだからだと思うんだ」
そう、微妙なところではあるのだが、錆兎はそう理解している。
単に嫌いだと言うのなら、学生頃の常に同じ空間にいるような時代ならとにかく、ほとんど接触のない他部署になってまで追い回さないだろう。
今回の旅行中にしたってそうだ。
嫌いならここまで居場所を突き止めようとして追い回さないでも宇髄と旅行を楽しめばいい。
そもそもが義勇は大人しくて我が強いわけでもなく、その場に居た時に八つ当たりくらいはされるかもしれないが、そこまで悪意を持って粘着をされるようなタイプには見えない。
しかし義勇にしてみればずっと嫌がらせをされ続けてきたのだから、嫌っているわけではないと言われても、ああ、そうなんですか、と信じられはしなかったようで、
「…それはないと思う。
好きなら怒鳴らないし殴らない」
と、だいたいにおいて錆兎の言うことを否定することはなかったのだが、そこははっきり否定してきた。
まあ正直、錆兎からすれば不死川の行動が善意からでも悪意からでもどちらでも構わない。
ただ善意からの場合、その気持ちに義勇が引きずられないでくれればそれでいい。
なので、
「たぶんな、不死川はそういう類の感情面が幼い男なんだと思う。
ようは…園児や小学生の男子の一部が素直になれずに好きな相手をいじめてしまうようなものの延長線上に見える。
一応な、気づいてて自分の気持ちだけ伝えてかっさらうのは卑怯な気がするから、義勇には伝えておこうと思った。
ということで、そういうことだったとしても俺の方を選んでくれるか?」
と自分の好意と共に不死川にもあるのであろう好意を並び伝えると、義勇はたいそう真剣な顔で
「俺は錆兎が好きだ。
だから錆兎と居たい」
とまず錆兎にとって一番聞きたかった言葉を伝えてくれた上で、
「錆兎が好きだから他はありえないけど…もし不死川が俺に対する好意を持っていたとしても、奴に求めるのは俺を怒鳴ることと殴ることをやめてくれることくらいだ。
仲良く出来るなら誰とでも仲良く出来た方が良いと思うし、不死川とだってそうだとは思うんだけど、錆兎や杏寿郎みたいに絶対に止めてくれる人間が一緒ではない場合は、もうしないと急に言われても今までが今までだから暴力暴言が降ってきそうで傍に居るのは怖い」
と、まあ錆兎もそうだろうな、と思う感想を述べて来た。
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