義勇が錆兎に連れて行かれたのは下諏訪駅前の小さな割烹だった。
下諏訪の駅前駐車場に車を停めて徒歩1分だが、確かに地元民でなければわざわざここ!と入ろうと思わないであろう小さな店。
と、義勇にはメニューを見せてくれながらも、自身はもう決めているらしい。
おそらく舌が肥えているであろう錆兎が言うくらいだから、それはとても美味いのだろうと、義勇も同じものを取ることにした。
豆腐料理のコース…などと言うとかなりお高いイメージがあるが、8品もついたそのとうふコース雅はなんと2300円。
他のコースや定食もだいたい2000円以下で、こんな駅前の店なのにずいぶんとお手頃価格だ。
来た料理も豆腐フライやら湯葉刺しやら…なにより錆兎のお勧めだった出汁で茹でた湯豆腐が美味しくて、義勇は不死川のことであるとか色々な心配事も一時的にふっとんで、ひたすら黙々と食べる。
そうしてひとごこちついた時、クスリと笑う気配がして伸びてくる指先。
普段なら何かが近づいてくると身構えてしまう義勇だが、あまりに自然だったので反応できずにいると、錆兎は義勇の口元についた汚れを手にしたナプキンで拭ってくれた。
そこでハッとした。
義勇はいつもいつも食事を共にするとつい口元を汚してしまって、不死川に汚ねえっ!!と殴られていたのだ。
錆兎もそんな義勇の食べ方の汚さを不快に思ったんじゃないだろうか。
「…ご、…ごめん……」
と、一気に現実に戻ると居たたまれない気持ちになって謝罪したが、錆兎の顔に浮かんでいるのは柔らかな笑みだ。
「…どうした?何か嫌いなモノでもあったか?」
と聞かれて義勇は首を横に振る。
「違う…。どれもすごく美味しくて…。
特におすすめの湯豆腐は出汁がすごく美味しくて全部飲んでしまったくらいだし…」
「そうか。口にあって良かった」
「でも…俺、食べ方汚くて……」
そう言ってうつむくと、錆兎はわずかに目を丸くした。
「…汚くはないと思うが?
どの皿も綺麗に食べているし…」
「そうじゃなくて…口元が……。
いつも不死川に汚いって嫌がられて殴られる」
「あ~~、そっちか」
義勇の言葉に錆兎が笑った。
「いや、口元なら食べ終えた時に拭けばいいだろう?
食ってる最中に音をたてるわけでもなし、箸の使い方も綺麗だし、何よりすごく美味そうに食うから、俺は義勇と食事をするのは楽しいぞ?
そんなこと言ったら、杏寿郎なんて食ってる最中にドデカイ声で『美味いっ!美味いっ!』と叫ぶからな。
別にそれで一緒に食うのが嫌になるとかではないが、毎回、周りに迷惑だから声を抑えろと注意してるぞ?
まあ…気になる観点は人それぞれだが、俺は基本的には美味そうに食う奴と一緒に食いたい。
不死川は義勇が口元を汚すのが嫌なのだとしても、杏寿郎の声と違って見なきゃ問題ないのだから、一緒に食わなきゃいい話だ。
なんなら会社に戻っても、俺達と一緒に飯を食わないか?
日々安くて美味い店巡りをしているから。
いつも杏寿郎ともう一人、新入社員の後輩が一緒だが、どちらも気の良い男達だから、嫌な思いはさせないと思う」
「…いいのか?」
「おう、良いぞ!食事はみんなで楽しく食った方が美味い」
社交辞令かと一瞬思ったが、錆兎はそう言ったあとに
「義勇はシステム部だよな。
渡り廊下の向こうではあるが同じ4階だから、待ち合わせはシステム部側の渡り廊下の隣の自販の前でどうだ?」
と、具体的に提示してくれたので、本当に義勇と一緒に昼食をと思ってくれているのだとわかって、すごく嬉しくなった。
「うん!じゃあそれで」
と義勇が笑うと、錆兎も笑って
「じゃ、そういうことで。
…今6時かぁ…実はこの季節は毎日20時半から10分間、諏訪湖周辺で花火があがるんだが、それを待ってるとさすがに帰りが遅いか。
今日は途中のスタバでコーヒーでも買って帰るか」
と、チラリと腕時計を見て言うと、立ち上がった。
会社では一人か、たまに宇髄と不死川に捕まって不死川に怒鳴られながら社食。
自宅では姉が結婚して以来一人暮らしだったので、こんなに楽しい夕食は本当に久々である。
あれだけ憂鬱だったのが嘘のように楽しい想い出になった社員旅行に義勇はほわほわした気持ちで温かくなった胸にそっと手をあてて、錆兎の後を追った。
更新ありがとうございます☺️義勇さんが楽しくて美味しいと自分まで幸せです✨
返信削除仕事しつつもこちらのお話の続きがめっちゃ楽しみです🙇
楽しんでいただけて嬉しいです✨
削除錆義ちゃんにはやっぱり幸せで居て欲しいですよね😊