行きはタクシーで登って来た道を、今は義勇は会社一の人気者のイケメンの車で下っていた。
運転する横顔は本当にカッコよくて、義勇が沈黙に気まずくなるような暇もないくらい色々な話をしてくれて、時折り義勇にも答えやすいような話題をふってくれる。
ただ車で山の旅館から街へと下っているだけなのに、なんだかとても楽しい。
そう、その空間があまりに心地よすぎて現実感がないくらいだが、途中のコンビニで錆兎が自分の分だけではなく義勇の分も買ってきてくれたコーヒーの香りで、ああ、これは夢じゃないんだな…と実感した。
そうしてどのくらい経ったのだろうか…完全に下山したらしい。
川や木々はあるが店もちらほらある、そんな辺りに来たところで、錆兎はいったん車を停めて
「さて、提案と質問なんだが…」
と、義勇を振り返って言った。
「…提案?」
「ああ、今は16時半。
旅館の夕食の時間が18時からだから、戻るならここから引き返す」
なるほど、ほぼ1時間半経ったのか。
だから戻るのにも同じくらいの時間がかかるのはわかる。
だがそこで一つ疑問。
「…戻る…なら?戻らないという選択肢が?」
そう、それだ。
ここで戻らないという選択肢があってそちらを選択したならどうなるのだろうか…。
義勇が小首をかしげると、錆兎は少し考えるように視線を伏せて、それから言った。
「あの旅館には俺も杏寿郎や家族と来たことがあるんだが、飯は美味い。
だが、旅館に泊まるのは2泊3日。
全く同じメニューでは到底ないが、そう劇的に違う食事というわけでもない」
「…それで?」
「夕食を2食とも皆と宴会場で食べるのも良いんだが…宴会になると当然酒も入って、まあ酔えば乱暴な奴は余計に乱暴さが増すだろう。
しかし明日の夕食時は翌日に帰るからな、皆少しは酒をセーブする。
逆に今日の夕食時は皆飲みたい放題だ」
と、その錆兎の説明で、鈍い義勇でもさすがに錆兎が何を言わんとしているのかは想像がついた。
確かに普段から暴力暴言が激しい不死川があれ以上乱暴になったところに遭遇はしたくない。
正直、不死川に怯えながら豪華な食事を食べるよりは、静かに平和にラーメンでもすすっていたほうが義勇的には良い。
良いのだが…それは義勇の都合である。
錆兎をそれに付き合わせて良いものか…と、さすがに即答できないでいると、そんな義勇の葛藤に聡い錆兎は当然気づいたらしい。
「実はそんな高級な店でもないんだが、美味い豆腐料理の店があるんだ。
豆腐が嫌いなら味噌蔵を改装して店舗にしたラーメン屋とか…牧場の直営で新鮮だから内臓系でもクセがなくて美味い焼肉屋とか…まあ、地元民だから色々店は知ってるんだが…」
と、楽し気に指を折る。
それに義勇はホッとした。
そうか…錆兎もこの状況でも楽しめるのか…
そう思えば気まずい宴会に参加するという選択肢は義勇にはない。
「もしよければ…豆腐がいいんだけど…」
と、暗に外で食べて行きたい旨を告げると、錆兎はにやりと悪い笑みを浮かべて
「よしっ!じゃあ俺達は渋滞にひっかかって夕飯までに戻れなさそうだから、下諏訪で豆腐料理だなっ!」
と改めてハンドルを握ってアクセルを踏み込んだ。
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