──さあ、でかけるかっ!
部屋に落ち着いて不死川との諸々を聞いてくれた人気者のイケメン同僚は、いきなりパン!と膝を打って立ち上がった。
と、困惑する義勇に、実に何でもないことのようににこやかに
──このままここに居ると不死川が押しかけてきても面倒だしなっ!外に行こうっ!
と手を差し伸べてくる。
窓から差し込む日の光を浴びてキラキラとした何かを背負いながら、そう言う同僚は同性の義勇から見てもカッコよかった。
しかしこれは一応社員旅行なので単独行動をしても良いのかと悩んだのだが、それを指摘すると錆兎は
「あ~、俺は爺さんが地元民でなっ!
昨日は杏寿郎と共にそちらに泊まって観光して来てるから、途中忘れ物をしたので取りに行くことにすれば問題ないっ!
その間、義勇を一人にするのも退屈だろうし、すぐだから一緒に行こうと俺が言ったことにすればいい」
と、少しいたずらっぽく笑って言う。
そんな表情もカッコよく、そして実際不死川に押しかけて来られても嫌なのもあって、義勇は素直に錆兎の提案に乗ることにした。
そうと決まれば善は急げで財布とスマホだけ持って部屋を出ると、フロントに鍵を預けて早々に車に乗り込む。
同期どころか若手の中で一位二位を争う出世頭の車なのでさぞや高級車なのかと思っていたのだが、綺麗なブルーの小型車で、
「うろこ…錆兎の乗る車だから外車とかスポーツカーとかだと思ってた」
と思わず本音がこぼれ出たあとに、義勇は失言だったか…と慌てたのだが、錆兎は不快に思ったような様子もなく、
「速やかに修理できる場所が多いからある程度大きな国産メーカーが基本で、あとは都内は道が狭いし田舎に来たら俺はいつも色々気ままに走っているうちにやっぱり変な狭い道に迷い込むこともあるから車幅があまり大きい車は面倒だしこの車なんだ。
まあ…それでも最大手じゃなくずっとこのメーカーの車に乗っているのは、ちょっとしたこだわりなんだけどな。
そのあたりの車談義は機会があったらおいおい」
と、笑みさえ浮かべて楽し気に話す。
これが不死川だったら怒声と拳の一つでも降ってくるところなのに、余裕のある男は違うんだな…と、義勇は変な所に感心した。
そうして車を発進させて山の中の旅館から少し走ったところで、いきなり錆兎の電話が鳴った。
カーナビになっているディスプレイに着信の文字。
運転しない義勇は知らなかったが、今どきの車はスマホと連動させられるらしい。
発信は宇髄。
そこで錆兎はディスプレイの通話を押した。
それで普通に会話ができるようになっている。
「はい、鱗滝」
と出ると、
『お前、いまどこ?』
とやや焦ったような宇髄の声。
それに錆兎はゆったりとした口調で
「あ~、俺は親戚がこっちなんで前日入りして観光してから旅館入りしたんだが、その際にちょっと社員証の入ったカード入れを忘れてしまってな。
さすがにまずいんで今取りに向かっている。
夕食時までは自由行動となっていたし慌ててたんで、あとで連絡しようと思ってたが、一応幹事には先に所在を明らかにしておいた方が良かったな。
面倒をかけてすまん」
と、謝罪の言葉をいれる。
『あ、そうなのか。いや、別に他も旅館から出てぶらついてる奴もいるから、出るのはいいが、一応その際には一言言って出てくれると俺がやりやすい。
……あと、冨岡は?一緒にいるのか?』
「ああ、一緒だ。
さすがに一人きりで置いてくるのは悪いだろう?
だから忘れ物を取るのに付き合ってもらった帰りに少しお茶でもご馳走して帰ろうかと思っている。
一応運転中なのでもういいか?」
『そうか。わかった。気を付けて行ってくれ』
と、そこで通話終了。
「…意外に…平気だったんだな」
と、義勇が全く揉めた様子のないことにホッとしながら言うと、錆兎は
「揉めるようなやり方をする気はないからな。
最低限のルールを守った上で他意がないことを主張しながら自分が悪くはないと思っても少しだけ相手を立てて謝罪をいれる。
これだけでだいぶトラブルになる確率は減る」
と、コミュ障で他人との距離が測れず避けられるか怒られるかだった義勇からすると驚くような常識を披露してくれた。
さすが仕事が出来る男は違う。
顔もいいのに…顔もいいのに…顔もすごく良いのに…
と、義勇は鼻歌交じりにハンドルを握るその同僚の横顔を見ながら、今日すでに何度も思ったことをまた思ったのだった。
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