寮生は姫君がお好き1064_皇帝のお言葉

──お前は実家を見捨てるつもりか?!

心の中で頼りにしていた相手から優しく励まされたら善逸も立ち直るのかもしれない…
そんな期待を胸に彼の籠っている部屋に案内した不死川の目の前で錆兎の口から出たのは耳がビリビリするくらいデカい声での叱責だった。

え?え?ええっ?!!
と思ったのは不死川だけではない。
ベッドに突っ伏して泣いていた善逸も驚いて反射的に飛び起きた。


そんな二人の反応も全く意に介することなく、錆兎は将軍のあだ名に相応しく、ドン!と足を肩幅ほどに開き腕組みをして、きつい顔にさらにきつく見える表情を浮かべて善逸を見下ろしている。

傷ついている善逸を追い詰めて取り返しのつかないことになったら…と、顔に似合わず実は優しい男である不死川はハラハラとした視線を錆兎に向けるが、依頼したからには余計な口を挟まず見守るべきだろうと、グッと我慢して錆兎の次の言葉を待った。

善逸はと言うと、驚きすぎて反応も出来ずに無言のままびっくり眼で固まっている。

「今お前が置かれている状況を理解しているのかっ?!
今っ!そう、今だっ!
悪の巣窟となり果てた実家に対して権限を持てる立場にあるお前がそれを放置しているのは何故だっ?!
たとえそれが近い親族であろうと、悪は悪だっ!
大きな力を悪用するようなら、正当な跡取りであるお前がそれを廃して立ち上がりっ、実家の財閥の強大な力を正しい方向へと導く役を担うべきだろうっ!!
我妻善逸っ!!お前は何故成すべきことをしないんだっ!!
お前が今成すべきことは、桑島老の庇護下でベッドにもぐりこんで泣いていることではないだろう。
お前にはお前を助けてくれる能力はあるが後ろ盾はない寮長がいるっ。
実務は不死川と共に寮生の中から信頼できる実家のある奴を選別してそちらから手配させればいい。
ダラダラと泣いていていいのは、実家の権力を早急に手中にし、正しい方向に使うことのできる人材の手配をし、実家と寮内の平穏を取り戻してからだろうっ!」

「…でも…でも、俺なんかじゃ…」
と、そこでようやく硬直から解けてぐずぐずと泣きだす善逸。

それに錆兎は少し表情を柔らかくした。

「お前に仕切れとは言ってない。
そこは仕切るための寮長なんだから不死川に任せればいい。
ただ、実質お前の実家についての権利はやつには何もないからな?
権利者であるお前がまず泣きながらでも怯えながらでもいいから立ち上がって、実務を不死川に委任すると宣言しつつ、時折り不死川のやることを全肯定する姿勢を見せねば不死川だって動けないだろう?
若い頃の苦労は買ってでもしろなんて言う馬鹿もいるが、若い頃でも老いてからでも無意味な苦労なんて売ってでもするものではない。
お前はそのあたりを適した人間に任せるだけの資産を手にしたんだから、楽をするためにそれを有効活用しろ。
それで実績をあげたぶん不死川に還元すれば、奴は奴で不遇な立場にいる家族を救えるからwinwinだ。
学園の寮長が仕切るとなればOB達の信頼度もあがるし、実家の立て直しが出来れば財閥で働いている大勢の社員達の生活も守れてさらにいいことづくめだぞ?」

にこやかに言っているが、ようは全て不死川に投げる宣言だけしろと言っているのか…と、最初の鞭から一転、飴をちらつかせる錆兎に、不死川は呆れつつも感心する。

一本気な男だと思っていたが、彼もまた、色々を背負った家の嫡男で、酸いも甘いも嚙み分けて生きているらしい。

「まあ…金狼寮の寮生の実家の方で人材が手配できないようなら、桑島老に依頼するか、それも無理なら特別サービスで俺の人脈を使ってやってもいい」

じ~っと見ている不死川の視線に気づいてか錆兎が言うのに
「そりゃあ随分とサービスが宜しいことで」
と不死川が思わず零すと、錆兎はそれにもにこりと

「義勇が卒業するまであと5年と少しは学園内は安全に平和に過ごしやすい場所であってもらわねばならないからな」
と、当たり前と言わんばかりに言う。

「結局そこかよ」
「当然!寮長としても個人としても最優先は大切な姫君の生活環境だろ」

まあそれはそうなのだが…。
そしてその理屈で言う所の不死川の最優先の少年は、じ~っと何か問いたげに不死川に視線を向けていた。

そこで
「あ~~、まあ、な。俺は動こうにも金がねえから?
ある程度色々手配できるくれえあったら動きやすいし、お前のことも守りやすいとは思うんだが…」
と、ガシガシと頭を掻きながら言うと、
「うん!不死川さんに任せるねっ!任せれば大丈夫だよねっ!」
と安心しきったように笑って言われてしまったので、頼られれば否とは言えない長子の不死川は金狼寮だけではなく、善逸の実家の大財閥のことまで背負うことになったのである。


それからは早かった。

善逸の実家の総帥の交代に関しては世界中のOBの後押しで速やかに行われることになった。
一時は財閥自体が潰されるかと言う勢いだったが、桑島財閥の総帥桑島慈悟郎が後見人であるということ、諸悪の根源が失脚して財閥の総帥が現藤襲の姫君になり、運営責任者が藤襲の皇帝となったこと、そして今回学園を救った一番の功労者で藤襲の英雄と言われるようになった錆兎がその身分を保証したことが大きく影響した。

とはいっても総帥である善逸も善逸が直接的に運営を委任した不死川も財閥の運営については何も知らない状態なので、実務は桑島財閥と渡辺家から目付け役を出し、あとは元の財閥の実務の責任者と協力して支えていくことに決定する。

これでとりあえず善逸に対する危険はだいぶ去ったとみて良いだろう。

あとは…今回善逸の実父の正妻の依頼に応えて動いた藤襲学園内部の理事たちに潜む敵の粛清だが、こちらはまた別の話である。

一つは取り除かれた不穏の種だが、完全な平和まではまだ遠い。






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