──実弥、銀狼の皇帝が来たけど…
──急いで通してくれぇっ!丁重になァっ!!
──マジで丁重にっ!桑島さんとこから持ってきた高級菓子と茶を出せっ!!
と、不死川が必死な様子で言うと、
──もういつでも出せるように用意してるぜ。
と、心得た同級生がワゴンを押してくる。
しかしワクワクしながら待っていた不死川の前に姿を現したのはただ一人、銀狼寮の寮長、錆兎のみだった。
…え?…と固まる不死川。
それに気づいてか気づかないでか…いや、おそらく前者なのだろう。
錆兎は案内してきた金狼寮の寮生に勧められるまま礼を言って不死川の正面に座った。
そして苦笑。
──なんだ、俺じゃ不満か?
と言う声は不死川の落胆をも感じ取っていて苦笑交じりだが、別に怒っているとか突き放しているとか言う様子ではない。
──いや…不満っつ~か…我妻をなんとかすんのには同級生の銀狼の姫さんの方が良いかなと思ったからよォ…
隠しても仕方がない。
この程度の本音を言って壊れるような友情ならとっくに破綻している。
というか、本音を言って終わる程度の関係ならもうそれは友情じゃないとはっきり突きつけられた方がいい。
そんなことを思うくらいには不死川は疲れていた。
そんな不死川の疲労も悲哀も全てわかっていると言わんばかりに、錆兎は笑う。
「あ~、安心しろ。
我妻をなんとか立ち直らせるにはお姫さんより俺の方が適役だと思ったから一人で来てるから」
「マジ?」
そう言われて思い起こせば、善逸が入寮初日、不死川に怯えて逃げ出した時に保護してくれたのが錆兎で、それから不死川に慣れるまではずっと錆兎の寮の姫君だということで義勇を羨ましがっていた気がした。
「あいつは臆病に見えるし実際に気は弱いんだろうけどな。
お前や義勇、それに自寮の寮生達を含めて周りを大切に思っているし、全てを周りに押し付けてまで自分が逃げられれば良いと言うような奴じゃない。
ただ逃げたいだけなら、うちのお姫さんによしよししてもらやぁ慰められるかもしれないけどな?
あいつが周りも自分も平和で幸せな世界というものを目指すなら、姫さんよりも俺の方が道を示してやれるから」
自分と同い年で同じ寮長だと言うのに、そう言う錆兎はなんだか自分とは比べものにならないほど余裕のある大人な印象がするのはなんでなのだろうか…と不死川は目をぱちくりする。
──俺としちゃあ、あいつがとりあえず飯食って元気になりゃあそれでいいんだけどよォ
同じ皇帝でも自分にはない圧倒的な強者の風格。
それを持って助けてくれると言うなら、方法なんかどうでも良いから丸投げをしてしまおう。
でも自分もまがりなりにも寮長なのだから、いつも全て錆兎に頼るわけにもいかないだろう。
出来れば後学のために……
──それって俺も見てて大丈夫かァ?
と聞けば、
──ああ。別に企業秘密とかではないしなっ
と笑う錆兎。
そこで気づく。
普段はそういつもいつも笑顔な人間じゃなく、どちらかと言うと厳しい人間なわけなのだが、今日の錆兎は笑顔が多い。
それにホッとして色々投げ出している自分。
ああ、そうか。
物理で強く色々出来るハード面も大切だが、優秀なトップというものは相手が弱っている時にこうして相手が頼りやすいように気遣ってくれるソフト面も優れて初めて成れるものなんだな…と、不死川はその時改めて思った。
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