──錆兎先輩っ!飯行きましょうっ!!
1週間後に社員旅行を控えたある夏の日、当然ながら普通に仕事をいったん終えた昼休み。
元気な新入社員の後輩がにこやかに昼食に誘ってくる。
──ああ、それじゃあ杏寿郎の準備が出来るまで少し待ってくれ
と答えるところなのだが、その日は少しばかり予定していることがある。
なので錆兎は
──すまんな、今日は予定があるんだ。美味くて安い店をみつけたから明日一緒に行こう!
と、今日は誘いに乗れないことを伝えた。
だがそこは相手は会社に慣れていない中でまだ数多くはない知り合いに頑張って声をかけてきたのだろうから、疎外感を与えてはならない。
なので明日の誘いを具体的に提案しておく。
相手の提案を断ったあとのリカバリは大切なのである。
ということで、後輩は断られたということではなく、行きたいのはやまやまだがやむを得ない用事があるのだと理解してくれたようだ。
笑顔で
──そうですかっ!わかりましたっ!明日、楽しみにしてます!
と言って離れて行った。
そうして後輩を見送って2,3分後、そんなやり取りも知らない杏寿郎が錆兎とは別々に抱えている案件の打ち合わせから戻ってくる。
──なんだ、今日は炭治郎はもう先に行ったのか?
と、このところいつも昼を一緒に食っていた後輩の姿が見えないことに首をかしげて聞いてきたので、
──ああ、お前の会議がどのくらい長引くかわからなかったから、待たせるのも気の毒だし先に行かせた。
と言うと、杏寿郎はほんの一瞬考え込んだが、すぐ
──そうかっ!では俺達も食いっぱぐれないよう、急ごう!
と、気を取り直したように机に資料を置くと、錆兎を外に促した。
──今日は時間がないから社食な。
──了解したっ!
杏寿郎が食べることがとても好きなこともあって、いつもなら外に美味い物を食いにいくのだが、時間がなくて慌ただしく食うことを考えたら、社員食堂でゆっくり食った方が良い、と言う錆兎の提案を杏寿郎も了承する。
そうして二人は連れ立って社員食堂へ行くことに…。
──近道するぞ。
と先に立つ錆兎は当たり前に中庭を横切る。
──うむ!食事時間を少しでも多くとらねば…
と、杏寿郎もそれに全く異論はないと言わんばかりに頷いた。
中庭といわれている文字通りビルに囲まれるように中央にある芝生のスペースには、花壇や噴水…そしてベンチがあって、社員の中には買ってきた昼食をそこで食べる者もいる。
だいたいが一人かせいぜい二人で食べていることもあって、静かで和やかな空間となっているのだが、そこに不似合いな怒声が聞こえて来た。
「てめえっ、またボッチ飯かよっ!辛気臭えなっ!!」
と、半数以上が一人で食べているこの空間でそれを言うか?というようなセリフを吐いているのは、いかにもそういう台詞を吐きそうな三白眼の男。
そして言われている方は女性と見紛うほどに綺麗な顔立ちの青年だった。
青年の珍しい青色の瞳が動揺したように揺れていて、小さな口が戸惑ったように閉じたり開いたりを繰り返している。
「一方的な暴言は見逃せんなっ!止めてくるっ!!」
と、同じように優しい面立ちの弟が以前いじめを受けて以来、いじめ加害者はすべからく滅すべし!をモットーにしている杏寿郎が、太い眉をしかめて、腕まくりをして突入しようとするのを、錆兎は慌てて止めた。
「何故止めるっ?!!」
と、今度は止める錆兎に怒りの視線を向ける杏寿郎。
それに錆兎はふぅ…とため息をつくと
「今この瞬間には阻止できたとしてもお前が暴力沙汰で処分されたらまた繰り返されるから、根本的な解決にはならないだろう?」
と眉尻を下げて言う。
「ふむ…」
と親友の制止には素直に止まる杏寿郎。
しかし当然ながらこの状況を潔しとはしていない。
「どうしたらいい?」
と錆兎を振り向く。
2人は学生時代からつるんでいて、二人で気の良い脳筋コンビと言われているが、同じ脳筋でも役割は決まっていて、現実的に方法などを考えるのは錆兎の仕事だ。
そこで錆兎が
「暴言男が不死川実弥、暴言を吐かれていた方が冨岡義勇だ」
とあっさり口にしたところで、杏寿郎は察したようだ。
「もしかして…今日二人で社食と言ったのは俺にこの光景を見せるためか?」
すっかり騙されたとばかりに苦笑する杏寿郎に、錆兎は澄まして
「俺も不快に思ったが、お前だって見ればなんとかしたいと思うだろう?
知らなければ良いと言っても、二人とも同期だからな。
もうすぐ社員旅行で同期が一堂にかいするし、そうなれば嫌でも目にすることになる。
どうせ介入するなら予め作戦を立てておいた方がスムーズにいくだろう?」
と、肩を軽くすくめる。
確かにそうだ。
達成しなければならない案件がある時は、可能な限り準備を万端にした方がいい。
その物腰から二人して脳筋コンビと言われてはいるが、二人とも実は己を律することにも長けているし、きちんと計画はたてて動く人間である。
そうでなければ人当たりの良さだけで仕事の成果などあげられない。
「考えがあるんだな?」
と、目の前の光景を見過ごすのにストレスを感じながら杏寿郎は、それでもとりあえず目的を完璧に遂行するためにそれに耐えつつ錆兎に確認を取る。
「もちろん。とりあえず今はお前がこの二人のやりとりを目にして、介入しようとしたところを俺が止めた…その事実が必要なだけだ。
一刻も早く事態を収拾したいが、やるなら完璧に…二度と同じことが起こらないようにしなければ意味がない。
…そうだろう?相棒」
と、こちらも目の前の光景に眉間に大きな皴を作りつつ耐える錆兎。
「作戦決行は社員旅行の2泊3日だ。
気合を入れていくぞ!」
そう宣言をすると、何かを振り切るようにクルリと方向転換。
社食の方へと歩き出した。
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