義勇の荷物まで軽々と手にして移動する錆兎のあとを慌てて追おうとすると、いきなり腕をガシッと掴まれた。
嫌な予感がしたまま足を止めて振り向いたら案の定、不死川が立っている。
不機嫌なのが見て取れるその表情に義勇は思わず身構えた。
しかし、凄い目で睨まれていて怖くてすくんでいると、ポンと温かい手が肩に触れる。
今回は一人ではないどころか、どうやら常に救いの手が差し出される状況らしい。
義勇よりも大きい不死川よりもさらに体格の良い錆兎がいると、不死川を前にしてもいつものとんでもない圧を感じない。
その存在に義勇は心からホッとする。
そうして
「不死川…だったか。
申し訳ないが急ぎじゃなければ後にしてくれ。
先に荷物を運んで部屋で落ち着きたい。
夕食の時とかではダメな話か?」
と、そのままさりげなく義勇を後ろにかばうように前に出てにこやかに言う錆兎。
それに不死川が何か言おうと口を開きかけた時、今度はさらにその不死川の後ろからどでかい声が降ってきた。
「不死川っ!君はこっちだっ!
さっさと行くぞっ!
以前一度家族で来たことがあるんだが、ここのお着き菓子はすごく美味いんだっ!!」
と、言うなり、あの不死川を有無を言わさず引っぱって行く煉獄。
いつも恐ろしく感じていたあの不死川が、完全に勢いに飲まれている。
というか、義勇はこんなに圧がすごい人間に会ったことがなかった。
同じ人気者コンビの片割れでも錆兎の方は少しばかり穏やかで、義勇に話しかける声もキビキビはしているが優しいし、他者を気にしてわかるように説明を加えてくれている気がする。
そんなことを考えている義勇の目の前で錆兎は引っぱって行かれる不死川に
「あ~、不死川は杏寿郎となんだな。
じゃあ後で話す機会もあるだろう」
と声をかけるが返答はない。
しかしそれに気を悪くする様子もなく、ズルズルと引きずられて行く不死川と、よほどお着き菓子が楽しみなのかものすごい勢いで部屋に向かう煉獄の二人を少しの間見送って、
「あいつ食うことが好きな男でな。
不死川の分も食ってしまわなければいいが…。
まあ、いい。俺達も行こうか」
と苦笑交じりに言うと、再度自分達の部屋の方へと義勇を促しつつ足を向けた。
このように出だしは控えめに言って最高だった。
不死川の暴力や暴言の心配がない…それだけで旅行の楽しさが違う。
しかし旅館の部屋に落ち着いて錆兎が荷物おきに二人分の荷物を置いたところで、義勇はハッとした。
「ご、ごめん、俺の分まで…」
と本当に今更ながら気づいて謝罪すると、錆兎は
「いや、実は俺が早く部屋に落ち着きたかったんだが、部屋割りを決める前のやりとりを見ていたから冨岡が自分以外と同室になったら不死川に呼び止められて時間がかかるなと思ってな。
荷物を運んでしまえば冨岡もついてくるかと思って、運んでしまったんだ。
こちらこそ勝手にごめんな?
何か不死川と話したいなら俺のことは気にせずに行って来ていいぞ?
菓子も持って行け…と言いたいところだが、これを持ってあちらの部屋に行くと杏寿郎が食ってしまいそうだから、こちらで保管しておいてやるから」
と、最後に自身の友人の話も添えながら、笑って言ってくれる。
なるほど。錆兎の方の都合があったのか。
と、錆兎の言葉に義勇もホッとした。
そしてその後、錆兎は
「もし向こうに行くのに口寂しいようなら一緒に食おうと思って駅で買っておいた菓子もあるが…」
とまで言ってくれる。
そうか…同室者と過ごすのに足りない場合に備えて自前で菓子を買いおいているのか…
こういう気遣いが出来るから人気者なんだな…と、義勇はそれに感心した。
しかしそこまで気遣いをしてくれた錆兎には悪いが、自分は不死川には会いたくない。
会いたくないのだ!
「えっと…鱗滝君の気遣いはとてもありがたいんだけど、実は俺はずっと不死川とは仲が良くないと言うか…奴に嫌われていて、いつも暴力や暴言を向けられるから、出来れば近寄りたくないんだ」
と、おそるおそる本音を漏らすと、錆兎はぽかんと目を丸くして、そして次の瞬間、
「ああ、そうなのか。やっぱり」
と苦笑した。
「…やっぱり?」
その言葉に今度は義勇が目を丸くする。
「まあ、話は茶でも飲みながら。
杏寿郎が好きだと言ったが、俺もここの菓子好きなんだ。
美味いぞ?
冨岡も甘い物が嫌いじゃなければ食ってみるといい」
と、今回は社員旅行だということで貸し切りで、自分達のペースでやりたいからと最初のお茶出しも各自でとお願いしたため、急須と湯呑だけ用意されている盆を引き寄せると、錆兎は義勇の分も茶をいれてくれた。
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