産屋敷商事には今どき社員旅行なんていうものがある。
それも同期の交流を目的として、同年に入社した社員を本社から支社までいっしょに旅行するというもので、予算は社から降りるので幹事が手配する。
昔から人づきあいが苦手で友人も居ないので楽しみでもなんでもない。
憂鬱なくらいだ。
特別な理由がない限りは全員参加。
なので非常に気は進まなくても今年も出席しているのだが、
それでも例年なら大勢の中で目立たないようにジッと過ごしていれば終わるはずの行事だった。
なのに今年は最悪なことに、二人一部屋になったらしい。
…ということは、じっと気配を殺して潜んでいれば終わるというものではないだろう。
同室ともなれば楽しい会話が必要だ、どうしよう…と義勇はそれでなくとも行きたくない社員旅行がさらに憂鬱なものになった。
現地集合現地解散となっている今回の旅行。
そこで小学校時代からたまたまずっと一緒だった義勇の数少ない友人の宇髄が自家用車で現地に行くから乗せて行ってやると申し出てくれた。
そう、彼は本当に義勇の唯一くらいの友人である。
普通なら一人旅も楽しいが友人と一緒ならなお楽しいだろうとその申し出を、それでも義勇は丁重にお断りをした。
何故なら…おそらく宇髄の車で行くということは、もう一人の小学校からの同級生だった不死川実弥が付いてくるからである。
よくいじめた方は忘れるがいじめられた方は忘れないと言うが、不死川に関しては出会った小学生の頃から今に至るまでずっと、現在進行形でいじめられているのだ。
もういい大人になったのだからいい加減に暴言や暴力はやめておけと宇髄も注意してくれるのだが、不死川のそれが止むことはない。
昔は義勇に対してだけではなく、クラスのかなりの同級生に対してだったが、今でもそれが続いているのは義勇に対してだけである。
もう嫌いなら嫌いでいい。
いっそ無視してくれ。
と、そう思う。
共通の友人の宇髄が嫌いな義勇に構うのが気に入らないのかと、一時は義勇は宇髄とも距離を取ってみたりもしたのだが、それでも不死川は義勇の姿が視界に入るとものすごい勢いで駆け寄って来て怒鳴り散らすので、それならまだ止めに入ってくれる宇髄が居た方がマシだと、義勇は宇髄と距離を取ることをやめた。
そんな状態だったので、乗用車の中などというとてつもなく狭い閉鎖された空間で不死川と一緒にいるなんて耐えられない。
そのくらいなら仮病でもなんでもしてドタキャンした方が良いと思う。
しかし逆に言えば不死川が宇髄の車で来ると言うことは電車でかちあうことがないということだし、そこは安心だ。
……とは思うものの、何故だか不死川は義勇に対する嫌がらせにものすごい情熱を燃やしている気がするので、念のため、義勇は前日に有休をとって、前日に長野入りをして地元のビジホに泊まり、そこからタクシーで宿まで向かった。
そこまで念入りに不死川を避けたはずが、全員が揃って部屋を決める段で問題発生。
なんと部屋割りは決まっていなくて、現地で自由に二人組をと宇髄が言い出した。
普通に考えれば不死川だって仲の良い宇髄と一緒の方が楽しいに違いない。
なのに彼は義勇への嫌がらせのためだけに、わざわざ同室者に義勇を指名してきた。
ありえないっ!
それだけは絶対に嫌だっ!!
そう思った義勇だが、それではものすごい勢いで圧をかけてくる不死川がいる状態で、それでも義勇と同室にと言ってくれるような友達が居るかと言うと全くあてがない。
なので、最後の手段。
「宇髄と一緒がいい!!」
と叫んだ。
それにものすごい顔で睨みつけてくる不死川。
宇髄は不死川と仲が良いとはいえ、他に友達がいない義勇を突き放すのは心が痛むのだろう。
少し困った顔で悩んでいる。
不死川に対する恐怖と宇髄に対する申し訳なさで、義勇はすでに泣きそうだ。
もう体調不良ということにして強引に帰ってしまおうか…
しかしこのタイミングでそんなことを言えば、仮病を使ってまで自分の誘いを断るために帰るなんて恥をかかせやがって…と、後日不死川に殴られそうな気がする。
どうする…?…どうしよう……
切羽詰まる義勇。
だが、救いの手は思わぬ方向から伸ばされた。
──部屋割りは自由ではなく、くじか何かで平等に決めた方が良くないかっ?!
という言葉によって…。
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