寮生は姫君がお好き1057_追及

ひどく打ちのめされた気分で退散するところだった亜子だが、話はそれでは終わらなかったようだ。

──ああ、でもちょっと待って…
と、後ろからかけられる無一郎の言葉に、亜子が外に出ないようにドアを塞ぐ射人の手。

そうされるまでもなく足を止めて振り返る亜子。
しかし次の無一郎の言葉で足を止めたことを…いや、ここに来たことを心底後悔した。

「その人さ、薬で寮長達を操って姫君と引き離して好きにしようとしてた人だよね。
今日の昼に村田がこなかったのもそのせいだし。
で、さっき金竜の美和が銀狼に逃げざるを得なくなったのもそのせいなんだよ?
なのにこれで普通に返しちゃう?」

青ざめる亜子。

ああ、そうだ。真の敵は銀狼寮の姫君ではなく、こちらだった。
途中で銀狼寮の姫君が合流したり錆兎が帰ってきたりとバタバタしていたが、その直前にこの可愛らしい顔をして恐ろしい銀竜の姫君は、亜子とJSコーポレーションとの関係について言及していたのだった。

そのことを今更ながら思い出して、亜子は全身に嫌な汗をかく。
まずい…非常にまずい……
手の震えが止まらず…しかし悲鳴すら出ない。

この学園は各寮の寮長の権力は絶対的で、寮内は治外法権のようなところがあると聞いている。
そして…ここはまさにその彼らの領域だ。
どうなる?…一体どうなってしまうのか……

絶望的な気持ちで立ちすくむ亜子。

しかし救いの手は意外なところから伸ばされてきた。

「やみくもに学園の人間関係をひっかきまわしても仕方がないだろうし、何か理由があるんだろう?
それなら自分の立場だけ必要以上に悪くなるような状況にならないよう、きちんと説明したほうが良いと思うぞ?」
と、さきほどまでと同様に淡々と言う銀狼寮の皇帝。

ああ…なんというか、圧倒的な安心感がある。
そうだ、もう何でもいいから決定権のある彼に助けてもらうしかない。
そう思い立つと、亜子はようやく気を持ち直した。

怯えている場合じゃない。
今こそ得意技、悲劇のヒロインムーブを発揮する時じゃないかっ!
そう気づいて亜子は再び握り締めたままのハンカチを目に当てた。

そうして
「…私…生活を考えたら断れる立場じゃなかったんですっ…」
と涙ながらに語る。

ごくごく普通の家庭に育って一所懸命勉強してそこそこの大学に入って、なんとか入れた一流企業。
そこの取引先に連れて行かれて、この学園で寮長を中心に人心を掌握するよう命じられたこと。
一新入社員の立場で大手企業とその取引先相手に喧嘩を売るような真似ができるわけもなく、引き受けるしかなかったこと。
寮長の気を引くようにはしたが、そこで敢えて姫君を虐げるようなことをしろと言った覚えはない事。
小郎に関しては亜子の後ろにいる企業に気づいて自分から接触し、最終的には亜子を通さず担当者と直接やり取りをしているので、金竜寮の騒ぎについては全く関知していないどころか知りもしなかったことなど。

内心はノリノリだったとしても、それは言わなければバレない事で、物理的な事実だけを述べるならこれは嘘ではない。

「…ここまで話してしまったら……私は企業側に何をされるかわからないけど……」
と最後に泣いてハンカチに顔を埋めれば完璧である。

両狼寮の1年生の姫君達からは同情のような視線を向けられているが、その横の金狼の皇帝の不死川と銀竜の姫君の無一郎の視線は相変わらず厳しい。

──…証拠は?
と問い詰めてくる。

──証拠と言われても…
と口ごもる亜子。

関知していたという立証は容易でも関知していないという立証は難しい。
…が、自寮の姫君が亜子に対して同情的な視線を送っていることで、心が動いたのだろう。ここで銀狼寮の皇帝の助け舟が出た。

「金竜のことを知ったのは?JSコーポレーション経由ではないとしたらどこからだ?」
そう問われて、あ~!!と思い出す。

証明してくれるかどうかはわからないが、自分が錆兎が金竜に向かっているのを知ったのは宇髄からだった。

そこで実はどうすればいいかわからないなりに最上級生の寮長達に相談しようと連絡して宇髄が来てくれた時に教えてもらったのだと言うと、錆兎が無言で亜子に自身の携帯を渡してしまっている宇髄の代わりに彼の側近の銀虎寮寮生に電話をかける。
そうして宇髄に代わってもらって確認。

「…嘘じゃないようだな」
と納得したようで、亜子はとりあえず大きく胸をなでおろした。










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