──確かに姫君制度がバカバカしいと思うのはわかる
しばらく考えた末に錆兎の口から出てきたのはとんでもない言葉だった。
そしてそれは亜子の気持ちを浮上させ、義勇を絶望の淵へと叩き込んだ。
何か言いたげな不死川は無一郎が目で制し、全員かたずをのんで錆兎の次の言葉を待つ。
と続く言葉。
そして
「学生は説明を受けるが教師は新任でも説明を受けないのか…ふむ…」
と、手を顎に当てて考え込む錆兎。
「これは学園側の不手際だな。あとで報告としてあげておく」
と言うと、改めて考え込むようにテーブルに向けていた視線をあげて正面を見た。
「とりあえず学園が説明しておかなかったのなら、俺が説明をしておこう。
まずこの学園は全寮制で閉鎖された空間に思春期の学生が集まっている。
寝起きの全てを寮で過ごすため、同性でも性的対象として見る学生が出てくる…までは良いとして、実際に交際を迫る者も出てくる。
そういう時に全寮制だと逃げ場がなく、問題が深刻化することがある。
それを避けるため、本来なら異性やそれに準ずるものとして愛でる対象として手の出せない距離に象徴を作れば、実害を防ぐことができる。
そういう意味で姫君制度がある。
ようは…恋愛トラブルを起こさないため、寮内でアイドルを作ると言うことだ。
全員が同じ方向を向いていれば、不埒な輩が出ても他が防ぐ。
全員がそちらを向くように、姫君は寮の象徴として全員で守るというイベントを多々用意する。
別にチャラついているわけではなく、その逆の理由からこの制度があるんだ。
姫君として選ばれた者の中には災難だと思うものもいるかもしれないが、そこは全体のために我慢してもらって、その代わり様々な優遇措置を与える。
この制度がなくなれば学園側は個々の恋愛トラブルに対処しなければならなくなるため、無意味なものではない。
…というのが、姫君制度が出来て、今なお続いている理由だ。
もちろんそういう問題を起こすような人間以外には無駄でバカバカしいとは思うが、結果的に自分が問題を起こさなくても周りで起こされて巻き込まれるよりははるかにマシだろうということで、従っているという者も当然いる」
と、そこで一度言葉を切る錆兎。
義勇はぎゅっと拳を握ったまま俯いている。
それまでは飽くまで学校の制度を遵守する寮長として接してくれていて、今、その意味を知らない相手に納得できるように真実を本音で話しているということか…。
そう思うと錆兎が今どんな目を自分に向けているのか知るのが怖くて顔を上げることができない。
そんな義勇とは対照的に、キラキラした目で錆兎を見上げる亜子。
「つまり…トラブルを起こさないように必要だということで学園が設定しているものだから守っているということね?」
「まあ、そういうことだな」
「じゃあ…卒業したらもう関係ないのね?
高校を卒業して大学生になったら普通に彼女を作ったりするのよね?」
と勢い込んで言う亜子の言葉に、義勇は耳を塞ぎたくなった。
塞いだところで事実が消えるわけではないのだけど…。
「誰がだ?学生がということか?」
「ううん。錆兎君が」
「…それはない」
「…はっ??」
亜子がぽか~んと口を開けて呆けた。
錆兎の方はと言うと何を当たり前のことを?と言わんばかりの表情である。
そうして相変わらず顔を上げられないまま隣にいる義勇を引き寄せて
「俺個人ということなら、彼女を作るつもりもなければ、将来妻帯をするつもりもない」
といきなり断言した。
その行動の意味はなんとなく想像ができる気がしないでもないが、言っていることはありえないと亜子は食い下がる。
「でもっ!でも、錆兎君は名家の嫡男よね?!跡取り作る必要があるでしょっ?!」
と誰もが頷いてしまいそうなその言葉にも錆兎は
「いや?必要はないが?」
と返した。
そしてニコリと笑みを浮かべて言う。
「俺自身、現当主である父親の弟の子で実子ではない。
うちの家系は能力第一主義だから、当主から見て下の世代の4親等までの人間の中で一番能力のある者が跡取りとして当主の養子になる。
だから俺の実子が居なくとも一族の子は多数居るから全く問題はないな。
それより自身が当主として立つ時に支えになる人間の方が重要だ。
俺は今後3年間を使って義勇とそういう信頼関係を築いていくつもりだし、大学になって寮生全員の象徴ではなくなったなら、寮長としてではなく個人として付き合っていく予定だ」
え??!!!
そこで驚きの声をあげたのは亜子だけではない。
義勇もだ。
パッと顔を上げる義勇に、錆兎は
「俺は以前卒業してもずっと一緒に居ると伝えたはずだが?
お前はどうして他の人間の言葉よりも俺の言葉を信じないんだ?」
と少し呆れたようにため息をついて言う。
それに義勇は
「ご、ごめんっ!!」
と謝ってまた俯いた。
だが、さきほどと違うのは、さきほどは握りこんでいた手でしっかりと錆兎の腕を掴んで、抱きしめられるまま頭を錆兎の肩に預けていることである。
そしてそのまましゃくりをあげる義勇の肩をポンポンと軽く叩きながら、錆兎は
「ああ、信じ切らなかった罰としてこれからは毎朝言うからな?
お前は俺が選んだパートナーであり、お前が高校を卒業して寮を出たその日から、お前のことは俺が用意した館に拘束して、今度は寮長としてではなく個人として嫌になるくらい甘やかしてやるから覚悟しておけと」
と苦笑まじりにそう言った。
0 件のコメント :
コメントを投稿