寮生は姫君がお好き1050_口撃

想像とは微妙に違う…
亜子は戸惑っていた。

写真ではうすぼんやりとしていると思っていた青い瞳は澄み切っていて、まるで深い森の奥にひっそりと湧く泉の水面のように美しく、透き通るように真っ白な肌は染み一つない。
そして…それは資料ではわからない声。

男としては高く女としては少し低めなアルトの声。
ただ話しているだけでも耳障りが良く、声変わり前の少年で結成された某合唱団にでも入れそうな美しい声だ。

そして、てっきり周りの男どもにべたべたしつつそれとなく他人を色々こき使うようなやからかと思っていたが、銀狼寮の姫君は動作はおっとりとしているものの、今亜子の目の前で丁寧に丁寧に自らの手で茶をいれている。

もう少女というより童女といった雰囲気で、どことなくいとけない。
”女”としてライバルになるような気もしない。

だがだからと言ってこれを放置できるわけではない。
亜子が欲する美しいパートナーを手に入れるためには、その銀狼寮の皇帝に誰よりも大切にされているというこの少年は障害でしかない。

まるで小動物のように愛らしく無害に見えたとしても、彼は敵なのだ。
そうだ。そう見えないからこそ手強く、用心しなければならない。

まるで無害に見える彼を相手に、自分がいかに彼からひどい扱いをうけているのか、それを証明しなければならないのだ。



「…これ…錆兎も好きなお茶で……」

気の弱そうな少年は満足のいくように淹れ終わったのか、褐色の液体の入ったカップの乗ったソーサーを亜子の前に置く。

「ありがとうっ」
と礼を言ってカップを手に取れば、顔に近づけただけで芳しい香りが鼻腔をくすぐる。

それをさらに口に含んでみれば、亜子が今まで飲んできた安い紅茶とは明らかに違う高級な紅茶の味がした。


そして
「良い茶葉を使っているのね。美味しいわ」
と敢えてなんでもないことのようにニコリと笑みを浮かべて言うと、目の前の銀狼寮の姫君は少しホッとしたように息を吐き出す。

「ありがとうご……」
「でもねっ!」
おずおずと紡いだ言葉を亜子はにこやかに…しかしやや強い口調で遮った。

「ある程度良い茶葉を使えば美味しいお茶は淹れられるしね。
美味しい食事はもちろん、それ以外も、健やかな生活を送ってもらおうと思ったら、全体的な家事能力が必要よね。
全部得意なの?」
「い、いえ…普段は全部錆兎が……」
「まあぁ~~!錆兎君、可哀そうっ!
寮長の仕事で忙しいのに暇な後輩の世話までしなきゃいけないのねっ!
あ、でもそれも寮長の仕事だから仕方ないのか…。
そういう慣習…少し考え直した方が良いと思うけど。
賢くて強い子だから寮長になったっていうだけで、彼らは保育士でも家政婦でもないんだから。
まだ相手が女の子ならそこから関係が深まって結婚して家庭を持って子どもが産まれて…とか、未来の幸せのための先行投資になる可能性もあるけど、男の子相手じゃねぇ…
代わりに家事とかやってあげたいくらいだわ。
でもあまり寮長に近づくと特権に慣れた姫君達に嫌な顔されちゃうから…」

どうせここには姫君3人と寮長の中でも珍しく後ろ盾のない2人の寮長しかいない。
だから多少の事を言っても構わないが、万が一を考えると姫君を直接攻撃する言葉は控えた方が良い。
亜子はそう判断して、あとで言い訳が効くように飽くまで寮長に対する同情という方面から口撃をした。

──てっ…めえっ!!
と激怒して振り上げる不死川の手を
──ここで暴力に走っちゃだめだよ、不死川さんっ!!
と善逸が必死にすがりついて止める。

護衛役を任された炭治郎はと言うと、身体能力的なことは自信はあっても、口が回る方ではないので、プルプルと怒りに震えながらも反論の言葉が出てこない。

──お前は暴走しないよね?僕はそれを止めるためにあんな風に危険な真似はしたくないからね?
と珍しく表情を硬くする村田に釘を刺す無一郎。
先に姫君の方にそれを言われて頷く村田。

そんな風にそれぞれ相方を抑えたり元々言葉が達者じゃなかったりと、効果的な反論が返ってこない中で、涙目で青ざめる銀狼寮の姫君を前に、亜子はこのところ諸々の計画がうまくいかなかったなかで、久々にすっきりした気持ちになっていた。








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