新任教師らしき女性の腕をつかむ不死川と怒った顔の炭治郎。
双方が義勇の顔を見て、しまった!という顔をするのとは対照的に、女性の方はなんだかホッとしたような嬉しそうな表情だ。
てっきり銀狼寮を害する目的で押し入ってきた敵とたまたま訪ねて来ていた女性教師が遭遇してしまったか何かだと思っていたので、彼女を拘束しているのが不死川というところで、まず驚いた。
どちらが良い悪いは正直わからないが、とりあえずまず言うことは一つだ。
「えっと…とりあえず暴力は良くないと思う。
事情はわからないけど、互いに何か揉めるようなことが起こっていたとしても、まずは部屋に入ってもらって、お茶でも淹れて、落ち着いて話を聞こう?」
そう言いつつ、亜子の腕を拘束している不死川の手をそっと引きはがす。
そうして驚いたように固まっている亜子を前にぺこりとお辞儀。
「ようこそ銀狼寮へ。
副寮長の冨岡義勇です。
友人が失礼しました。
お怪我はありませんか?」
と、少し動揺しつつもそう言えば、ぼ~っと立ち尽くす亜子。
双方わけがわからないと言った風に固まっているので
「とりあえず…お話は応接室でしよっか。
炭治郎、お茶菓子まだあるよね?
俺、持ってくるね」
と、駆け出しかける善逸だが、そこで炭治郎がハッとする。
「いい!俺が行くから善逸は不死川さんと義勇さんと一緒に応接室で待ってて」
曲がりなりにも他寮の姫君を使い走りにしたなんてことになったら色々問題だし、それでなくとも義勇を部屋にとどめておくようにと言う指示を忘れて先走ったことも含めて錆兎に激怒される…までならまだいいが、あまりに信頼を裏切る行動を繰り返せば最悪姫君の護衛役を解任されかねない。
マイペースな炭治郎もそんなことを考えるとさすがに青ざめて、
「善逸と義勇さんをお願いします」
と先ほどまで険悪だった不死川に頭を下げて、自室へとダッシュした。
全員でぽか~んとそれを見送って、最初に我に返ったのは善逸である。
「じゃあ…とりあえず応接室で話すってことでいいのかな?
こっちへどうぞ」
と亜子の手を取って、彼女がたった今出てきた部屋へと誘導する。
亜子も別に本気で逃げようとか助けを求めようとしていたわけではなく、銀狼寮の姫君と接触を持つのが目的の脱走だったのと、誘導する善逸がどこをどう見ても危機感を抱かせるような相手ではないことで、あっさりと彼に連れられて応接間に戻った。
聞こえて来た悲鳴にあれほど怯えていた善逸だが、その悲鳴の原因はおそらく非常に強面な自寮の寮長だという認識を持ったのだろう。
自分も初対面では彼に思い切り怯えて見せただけに、妙な親近感を持ったようだ。
「えっと…先生、紅茶とコーヒーどっちがいい?
アレルギーとかないよね?」
と、周りの困惑をよそに、善逸は愛想よく亜子に話しかけている。
亜子はと言えば、無一郎、不死川と非常に強い敵対心を向けられていただけに、そんな好意的な善逸に困惑した様子で、さきほどまでの決意はどこへやら、
──…じゃあ…紅茶で……
と蚊の鳴くような声で答えた。
そうこうしているうちに息を切らした炭治郎ががなんだか可愛らしいトレイに綺麗に並べた菓子を手に入室。
「失礼する」
と菓子をテーブルにセットしたあとは、そのままドアの前に直立不動だ。
これはお茶会なのか尋問なのか……
もう亜子にはよくわからなくて、落ち着かない気持ちのまま優雅にお茶をいれる金狼寮の姫君の手先をジッと見つめることしか出来なくなっていた。
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