寮生は姫君がお好き1034_悪魔のささやき

──こんな遅くにごめんなさい…

動揺している様子をより鮮明にするため、上着も着ずにエントランスまで出てきた亜子。
さすがに肌寒いがそれもか弱さを強調するためだ。

自分で自分を両腕で抱きしめるようにすれば、いつでも気が利く宇髄はきっと
──大丈夫だぜ。それより寒いだろう?これを着ろよ
と、上着を脱いで着させてくれるはずだ。

そうして羽織る上着は当然温かいが亜子には大きくて、亜子を儚げに見せて庇護欲を刺激するだろう。

夜の闇に紛れるように藤襲学園の制服である黒い燕尾服の上に黒いマントを羽織ってきた宇髄は、亜子の姿を認めると少し驚いたように目を丸くして、そのあとにこりと優雅な笑みを浮かべた。

──いや、遅くなって悪かった。ちと童磨を騙して来たから。
と、彼はちょいちょいと亜子に向かって手招きをする。

そうして亜子を人目につかないところまで誘導すると、やはり当たり前にマントを脱いで羽織らせてくれた。

そんな行動は予想通りなものの、宇髄のさきほどの発言はかなり気になる。
童磨を騙して来た?
ということは…宇髄と童磨の間に意見の相違があるということで……(これって、もしかしてどちらかの洗脳がまた解けたってこと??)と亜子は内心青ざめる。

しかしそこで宇髄から出てきたのは
──亜子さ、なんか俺らに催眠術みたいなもの?かけただろ
と言うものだった。

ひぃぃ~!!!と亜子は焦るが、宇髄は特に怒った様子もなく、なんだか楽しそうだ。
わたわたと焦る亜子を見下ろしてクスクスと笑うと、
「ああ、別に俺は元々気づいてたしそれに怒ってるわけじゃねえから気にしないでいいぜ?」
とぱちんとウィンクをして見せる。

「…え??」
意外な言葉にぽか~んと宇髄を見上げる亜子。
そんな彼女に宇髄は言った。

「正確にはな、亜子に会った時に急に度を越えた好意を感じて自分が取った行動に違和感を覚えたんだ。
それでこれはただの一目惚れじゃねえんだろうなと…」
「…どういうこと?」
「俺は素直な性格はしてねえからな。
あんたに一生添い遂げたいレベルの好意を感じたとしたら、即直接的に感情を向けるんじゃなくて、まず自分の価値を高めて選んでもらえるように、まず社会的に認められる人間になろうと画策するような人間なんだよ。
だから学園のルールをガン無視で姫君の菓子をあんたに差し出すのがありえない」
「ええ???」

そんなところからバレたのか…と思うと、宇髄と言う人物の奥の深さにとにかく驚いた。
そうしてひとしきり驚いたあとに思う。
まずい…騙せない…終わった…と。

しかしそんな亜子の脳内も当然察しているらしく、宇髄は
「だから怒ってるわけじゃねえって言ってるよな?」
と、軽く亜子の額を小突いて見せた。

「…でも……」
「その証拠に今童磨を抑えてるだろ?
童磨はな、錆兎に言われて洗脳が解けて絶賛ブチ切れ中だった。
あいつは表では穏やかなふりをしつつ、結構激しい性格してやがるから、怒らせると厄介なんだぜ?
でもまあ安心していい。
とりあえず亜子は脅されて洗脳したことにしといたから」
「……それは…?」
「俺は気づいているが、解けてない」
「え???」
「理性で自分が薬物か何かであんたに好意を持っているんだろうと理解はしているが、感情的には好意を持っている。
錆兎に言えば解いてもらえるのかもしれないが…まあ、必要ないかと思ってな。
俺にとっては亜子の背後の組織の後ろ盾がとても有用だというのもあるし?
このレベルで他人を洗脳できる力があれば、俺は自分の価値を高めて錆兎や童磨を超えるために同性の中学生にかしづくしかない生活から抜けさせるし、高い地位を築ける。
ついでに…どうしても理性が邪魔をして誰かに無条件の恋情を向けるっていうことが出来ずにいたんだが、それが人為的なものだったとしても恋をするって言うのはなかなか楽しいから、まあこのままでも悪くはないかと思ってな。
…どうだ?」

非情に良い笑顔で言われて亜子は戸惑った。
つまり…操られた恋心だったとしても、それが楽しければ良いと言うことか…。

理想は逆ハーでメインは錆兎の予定だった。
…が、宇髄の言葉からも…そして実際の状況からもわかるが、錆兎には何故か洗脳が効かないどころか、逆に洗脳を解かれてしまうらしい。
そうなると逆ハーどころか一人も手に入れることは出来ないだろう。

それなら自分が操られていても楽しいと言う宇髄を選ぶのが唯一の正解だ。
人為的に作られた恋心だが、解けてしまうならまた薬を使えばいい。
本人もそれを望んでいるわけなのだから、何も問題はない。

「…私…頼れる恋人が欲しかっただけなの。
もしあなたが居てくれるならそれでいい…」

そう言ってその手にすがると、なんとするりとかわされた。

え?ええ??そういう流れじゃないの??
意味がわからない!と呆然とする亜子に宇髄はまたけらけらと笑う。

「ああ、悪い。
俺が表に出ると童磨あたりにバレるからな。
あんたに好意を持っている協力者までかな。
恋人ということなら、小郎あたりが良いと思うぜ?
やつは…薬の影響もあるが、たぶん亜子みたいな女がタイプだから。
で、俺には効率的に協力するためにあんたの事情とか背後の団体とかを教えて欲しい」

なんだか微妙に振られたのか?と思わないでもないのだが、善意は持ってくれているらしいし、完全に薬の影響で全く心のない恋情よりは、確かに元々自分のようなタイプが好みだと言うのなら小郎の方がいいのかもしれない。

洗脳と言う作戦が失敗した今、亜子だってJSコーポレーションに対してなんらかの成果を見せないとならないし、それなら事情を知ってなお味方をしてくれるらしい相手を作ったというのは、そちら方面に対してもいいことかもしれない。

「ええ、わかったわ。
とりあえず担当者に連絡をとるわ」

敗因は高校生を舐めていたことか…それとも亜子自身の知能の問題か…。
どちらにしろこの決断が彼女を大きく追い詰めていくことになることを、彼女はまだ知らない。









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