寮生は姫君がお好き1033_不穏な成り行き

『銀狼寮には手を出すな』といきなり言われた理由は、寮長の錆兎の実家、渡辺家の恐ろしく影響力のある広い人脈ゆえだ。

そもそもが渡辺家は平安時代から続く、頼光四天王と呼ばれる源頼光の4人の側近のまとめ役という名家だ。
彼自身の祖先の渡辺綱はおとぎ話にもなったほどの有名な人物で、源家と四天王と呼ばれる5家は今でも密接な関係にあると言う。

その他にもその先祖の頃から縁のある、当時帝に連なる貴族だった産屋敷家は、表に名が出ることはほぼないが、今でも政財界の裏のボスと言われるほどの家系で、渡辺家を敵に回すと言うことは渡辺家だけではなく、日本の政財界に大きな力を持つ他の5家をも敵に回すことになる。
そうなれば実質日本においての社会的な死を意味するのだそうだ。

そしてすでに錆兎を通して依頼を受けた産屋敷家は、亜子がJSコーポレーションの意志で動いていることまで割り出したと言うことである。

特に代替わりしたばかりの産屋敷家の当主は錆兎の事をたいそう気に入っており、そちらに手を出せばJSコーポレーションはほぼ世界を敵に回すことになりかねないという話だった。


ふざけるなっ!!と亜子は憤った。

今の彼女の最大の目的は、銀狼寮の寮長の錆兎を落とすことと、姫君を陥れることなのである。
特に後者は絶対に譲れない。
亜子の不遇な人生を心の中で清算するためには絶対に譲れないところなのだ。

それでも依頼者の意向に真っ向から対立するのは得策ではない。
わかった。
自分で手を出してはいけないだけだ…と、亜子はそう解釈することにした。

「…わかりました。
銀狼寮の姫君には近づかないようにします」
と答えると、通話を打ち切る。

そして
──私が近づかなければ問題はないのよね…
とにこりと笑った。


もちろん亜子は諦めるつもりなんて毛頭ない。
鼻歌交じりにブラシを置くと、いったんは部屋着を着ていたのを真っ白なブラウスと薄桃色のフレアスカートに着替える。
別にどんな格好だろうと亜子に惚れ込んでいる学生達は気にしないだろうが、男性受けしそうな清楚で可愛い服に着替えたのは亜子自身の気分の問題だ。
素敵な寮長を訪ねるなら可愛い格好の自分の方がテンションがあがる。


「…誰にしようかなぁ…やっぱりここは虎寮組かしら」

そう、自分が動かなくても自分に惚れている学生達に動いてもらえばいいのだ。
2年の金竜寮の小郎でもいいのだが、銀竜の村田はいま一つ洗脳しきれていない。
というか、洗脳が解けてしまって、どちらかと言うと銀狼寄りになっている気がする。

その点3年の金銀の虎寮の寮長達は洗脳具合も上々だし二人は同級生で仲が良いらしい。
だから錆兎を姫君から引き離す役と姫君に言って欲しいことを言ってもらう役に分かれて行動してもらえるだろう。

そうと決まれば邪魔が入る前に行動あるのみだ!


亜子は昼間に手に入れた童磨の携帯に電話をかける。

──俺だよ。
とコール音2回でつながる電話の向こうの声は確かに童磨のものだ。
だが、昼間のどこか甘さを含んだ声と違って、なんだか少しばかり冷ややかな印象を受ける。

亜子はそこで昼間に村田の洗脳が解けた時のことを思い出して、少し緊張した。

まさか離れたことによって童磨の洗脳も解けたの?!
と不安で一瞬言葉に詰まる。

しかしなぜかそこで
(…童磨、代われ)
と、声が聞こえた。

その声にももちろん覚えがある。
銀虎寮の宇髄だ。

まあ二人仲が良いわけだから、互いを訪ねている時もあるだろう。

──もしもし、電話を代わった。宇髄だけど、何かあったのか?
と、こちらは昼間はわりあいと硬い印象があったのだが、今は随分と声音が柔らかい。

どちらにしても優しい調子で聞いてくる宇髄に童磨が特に何も物を申さないところを見ると、洗脳が解けたというわけではないようだ。

それにホッとして、亜子は当初の要件を果たすことにした。

「あの…ね、最上級生の二人に少し相談があるの…これから会ってもらえないかな…?」
と、涙声に聞こえるように鼻をすすりながら言うと、宇髄は少し間をおいて
「わかった。童磨はこれからちょっと用事があるから俺だけでいいか?
もちろん相談事についてはちゃんとあとで童磨とも共有するから…」
と答える。

出来れば二人一度に動いて欲しいが、まあこんな時間の急な呼び出しに応えてもらえるだけでもありがたいと思うべきだろう。

「…ありがとう…。もちろんよ。こんな時間にごめんなさい…」
としおらしくこたえると、宇髄はやっぱり優しい少し笑みを含んだような声音で
「気にすんな。
女が夜に出歩くのは危ねえから、俺の方が教職員宿舎のエントランスまで行くな?」
と言う。

ああ…教祖様な童磨もカッコいいけど、少し俺様な宇髄も素敵。
もちろん今の本命は錆兎だけど……

亜子はうっとりと思いながらそれにも礼を言って、宇髄に会うべく目薬を持参でエントランスへと降りて行った。









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