寮生は姫君がお好き1031_魔女の怒り

…ふふ~ん、明日こそは彼の笑顔は私のもの~♪

藤襲学園の教職員宿舎の一室で、柏木亜子は鼻歌を歌いながらドレッサーを前に髪を梳かしている。

JSコーポレーションから与えられた洗脳薬…いわゆる惚れ薬の効果は抜群だった。
最初は同性の下級生などにうつつを抜かして柏木亜子を胡散臭げに見ていたDK達があっという間に手の中に落ちてきたのには本当に驚くしかない。

最初に授業を受け持った2年生達、そしてその後、食堂で居合わせた3年生もあっけないほどコロリと落ちてくる。

皆が柏木亜子に恋をして、柏木亜子の歓心を引こうと必死になるのはとても気分が良い。

有名な宗教団体の教祖だという金虎寮の寮長の童磨が細やかに優しくエスコートしてくれる様子など、本当に乙女ゲーそのものだった。
エスコートどころか姫君が待っているのを放置で柏木亜子にお茶をいれてくれたのだ。

あの時の金虎の姫君の顔ときたら本当に見ものだった。
最初はぽかんとして、それから怒りに眉を吊り上げて、…しかしプライドが高いのだろう。
そこで騒ぎ立てることなく、
「お茶、遅い!もう帰るからっ!」
と周りを囲んでいた中等部生と一緒に逃げて行った。

同性のくせに一流の高校生達にちやほやされてきたお子様には良い薬だ。
ざま~みろ!と心の中で舌を出しながらも、
「どうしましょう…私のせいで怒らせちゃった…」
とか弱い乙女を演じて見せる。

すると周りの高校生達が
「いや、亜子のせいじゃないよ」
「副寮長と言う立場だから敬われて当然と思っているから、高慢なんだよ」
「生意気なんだよなっ!可愛くねえー!」
「少しは亜子を見習えばいいのに」
「いや、ちょっとくらい顔が綺麗なだけのガキと女性を比べちゃダメだろ」
などと口々に亜子をかばうように言うのも本当に気持ちいい。

最初は対外的に一人くらいは姫君と仲良くしておこうと思ったが、これだけ無条件に皆が味方についてくれるなら、その必要もないかもしれない。
そう考え直すくらいには順調だったのだが、そんな中でただ一人だけ、思い通りに行かない相手がいた。

渡辺錆兎…銀狼寮寮長。
亜子的には落としたい相手ナンバーワンだったにも関わらず、彼だけは洗脳が全く効かない。
薬をまとって近づいても全く亜子に惹かれる様子がないのである。

それどころか洗脳された銀竜寮の寮長に亜子にかまけて寮長としての責務を怠るなと苦言を呈し、いったんは洗脳されたはずの銀竜の寮長はそれで洗脳が解けてしまったようだった。

全く意味がわからない。
この薬での洗脳は2,3日は余裕で持つし、回避する術はいまのところまだないという話だったのに、どうなっているのだ。

そう思いはしたものの、錆兎と遭遇した場所が風通しの良い渡り廊下だったので、薬の効力が十分に発揮できなかったのかもしれない。

その後、たまたま副寮長と居る錆兎を見かけたが、彼に大切に大切に扱われている中等部生を見て、怒りで脳が沸騰するかと思った。

もちろん自分がそうありたいという立場に居る相手に対する苛立ちというのもあるが、それだけではない。
錆兎の寮の副寮長だという少年は、亜子が昔恋焦がれて、しかし振られた先輩の彼女に似ていたのだ。

まったく染めてもいない黒髪に、うすぼんやりした青い瞳。
ただ、その目がやけに大きくて自信なさげに揺れている様が、単純な男の庇護欲のようなものをそそるだけなのだと、当時も、そして今も思う。

いつも笑顔の私の方が絶対に可愛い!
と亜子はその女が憧れの相手と付き合っていると知って泣きながら思い、それとなく彼女に彼に相応しくないとわからせようと近づいたら、彼に二度と顔を見せるなと激怒された。

あの時の悔しさが蘇る。
そして思った。

とりあえず明日は教師の立場を最大限に利用して、錆兎を閉め切った狭い部屋に呼び出そう。
そうすればきっと錆兎も自分に夢中になるはずだ。
見ていろっ!
絶対にあの副寮長から錆兎を奪って泣きを見せてやる!!…と。













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