寮生は姫君がお好き1026_御旗の覚悟

「…錆兎将軍、あの……」
案内の寮生に先導されて寮長室のリビングに入ってきた金竜の姫君、美和は、少し落ち着かなげにそこにいるモブ三銃士にチラリと視線を向けつつ口を開いた。

「ああ、今ちょっとうちでも会議中でな。
こいつ達は俺の腹心で俺の目であり耳であり手足でもあるから、気にしないでいい。
それよりまあ座れ。
うちの姫が用意してくれたとびきりの紅茶があるんだ」
と、その言葉に、まず茂部太郎が立って美和のために椅子を引く。

しかし美和は立ったまま
「そんな時間はないんだっ!」
と拳を握り締めて訴えてきた。

それに錆兎は
「非常事態なのはわかる。
こっちもそのために緊急会議中だったしな。
ただ、絶対に勝つためにはまず落ち着いて、状況を正確に把握することが大切だ。
小郎が終わってる時点でお前が金竜のトップで御旗だ。
それが折れれば完全に金竜は終わる。
だからまず落ち着いて説明しろ」
と、茂部太郎に頷いてみせ、茂部太郎は──どうぞ…と、改めて美和に声をかける。

美和は錆兎の言葉に随分と驚いた様子で、──何故、それを…と目を大きく見開いたが、結局自分が座るまでは話は進まないのだろうと悟って、大人しく促された席についた。

錆兎はそこで満足げに頷くと、いれたての紅茶のカップを美和の前に置く。

「小郎が新任の女教師に惑わされていることは把握している。
もっと言うなら、女教師、柏木亜子は接近した人間を魅了できる違法薬物で手あたり次第学生を洗脳中だ」

とりあえず美和が一息つく間をと錆兎は自分の方から軽く状況を説明した。
それに美和はポロポロと涙を零す。

「でもさ、将軍は洗脳されてない。
ここにいる銀狼寮の寮生達も…」

副寮長はカリスマで、寮生の精神的な支柱となる。
なのに寮生が自分ではなく新任教師を選んだ。
それは姫君として耐えがたい屈辱だろう。
洗脳されていない寮長寮生がいるとなればなおさらに…。

それは小等部からずっと藤襲に通っている錆兎は痛いほど理解できる。
さて、どう言うか…と悩んでいると、

「でも…姫君がここに駆け込めたということは、誰かが逃がしてくれたんですよね?
寮長にも多くの寮生にも逆らって、もしかしたら自分の身が危うくなるかもしれないのに…自分の身より姫君を思って…」
と、どこからか声がする。

いや、どこからか…というと、モブ三銃士からなのだが、なんというか気配がなさ過ぎて、物語ならまるでナレーションのように思えるくらいだ。

だが言っていることは確かに的確で、美和は泣きながらうんうんと頷いた。

「小郎が明日、俺を柏木亜子の所へ連れて行くって言ったんだ。
それで高等部生達が皆そいつのせいでおかしくなっているのに危険だって中等部生の皆が相談して、俺だけでも逃げてくれって…。
背格好の似てる奴は皆俺に化けて、それ以外の寮生は皆化けた奴に付き添ってって感じで攪乱して、とりあえず寮の中で一番安全そうな銀狼寮に逃げろって…」

「あ~…うん、それは正しい選択だったな。
俺達、銀狼寮の寮生には実は柏木亜子の洗脳は効かないし、洗脳された奴の洗脳を解くこともできるようだから。
実は他のいくつかの寮も協力して外部の助力も仰いで、柏木亜子とその背後の勢力を潰していく予定なんだが……」
と、そこで錆兎は言葉を切る。

通常なら学生達に危害を加えたりすることはないはずなのだが、相手はすでに自分達の意志を通すために使用によって起きる副作用も定かではない違法新薬を使っている輩だ。

洗脳されている高等部生もそういう意味では全く安全とは言えないが、それに真っ向から対立する姿勢を示した金竜の中等部生はかなり危険なのではないだろうか…。


銀狼寮としては宇髄家と桑島老の後ろ盾をしっかり確認してから行動に…と思っていたが、金竜ではすでに戦いが始まってしまっている。

「…そのスタートは…すぐとかには…」
そのあたりの事情は察したのだろう。
美和はそう言って錆兎の顔を覗き込み、そして
「とりあえず寮に戻るっ!」
と立ち上がりかけた。

「ストップっ!今考えてるっ!ちょっと待てっ!!」
と錆兎はそれを慌てておしとどめる。

「今そっちの事情を知ったばかりだからな。
俺だって秒で全てを考えられるわけじゃない。
ただ、唯一残った金竜の御旗のお前が戻って敵の手に落ちるか再起不能にさせられるかは、どう考えても悪手だ。
お前をここに逃がした面々を救うためには、どう考えても金竜の御旗が必要だ。
俺達はしょせん他寮だからな。
小郎が自分が金竜の総意だって言い張ったらどうしようもない」

そう言われて──じゃあ、どうするんだ…と美和は俯いて唇をかみしめた。


それ、こっちが聞きたいんだが…と思うものの、追い詰められている2歳も年下の後輩にそんなことを言えるはずもない。

美和側の理想としては錆兎が銀狼寮を挙げて金竜に中等部生の救出に向かうことだが、今すぐそれをやると、銀狼寮は単身で矢面に立って戦うことになる。
もちろん錆兎的には自分だけならそれもやむなしなのだが、こちらにはこちらの大切な姫君が居るのだ。
それを危険に晒してまでやることじゃない。

かといってここで金竜の中等部生を見捨てたとなれば、それはそれで銀狼寮は汚名を残すことになる。

乗るかそるか…錆兎は非常に厳しい選択を迫られることになった。










2 件のコメント :

  1. pixivからこのサイトを見つけ錆義のほぼ全てを閲覧させていただきました。2024年も更新を続けていてくださり本当にありがとうございます。
    文面でのやり取りが苦手で普段コメントを残すことをしないのですが、どうしても感謝を伝えたくコメントをさせていただきました。
    梅雨入りとなり天気が崩れることも増えてきましたが、どうぞご自愛ください。

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    1. 読んでいるという意思表示をして下さる方がいるととても励みになります。どうもありがとうございます😀

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