思い切り不機嫌な錆兎と笑顔だが目が笑っていない無一郎を前に不死川が居心地悪い思いで茶をすすっていると、突然錆兎が自身の胸ポケットから自分のスマホを取り出した。
どうやら何かメッセージが来たらしい。
「藤襲学園伝統死守部隊にもう一人追加だ」
と言いつつ、届いたメッセージに返信を返して
「ちょっと出迎えてくる」
とさきほど不死川と無一郎が忍び込んできた自分の寝室へとまた戻って行った。
「…追加って…一体誰だァ?」
これ以上恐ろしい人間じゃなければいいんだが…と思いつつ、不死川が視線を向けると、
「さあ?でも錆兎が参加を許すくらいだから、有用な人物であることは確かだよね」
とすまし顔で言いつつ無一郎は優雅な手つきで紅茶を飲む。
(…錆兎が居なくなったら張り付けていた笑みさえ放棄かよォ)
と、いきなりいつもの不愛想さに戻る無一郎に呆れはするものの、笑みを浮かべている方が恐ろしいのでこれはこれでもういいか、と、不死川は新しい参加者が来るまでに少し落ち着こうと菓子に手を伸ばした。
一方、寝室に戻った錆兎。
メッセに返信をしてからほんの数分後、今度は電話の着信音がする。
「今、外か?」
と電話に出て聞くと、
『ああ。そうだ』
と返答があった。
そこで不死川や無一郎なら木を登って入ってこいと言うところなのだが、今回は錆兎は一つの仮説を証明したいと思っていたので、電話の主に言う。
「今どういう気分だ?」
と聞くと短く返ってくる答えは
『最悪だ』
の一言で、普段は言葉数の多い彼にしては珍しい。
ずいぶん追い詰められているようだな、と、苦笑しながら、錆兎はさらに
「罪悪感と理性の狭間か?」
と聞いてやると、それにも
『まあそんなところだな』
と短く返ってきた。
これでだいたいの状況は把握した。
あとは実験をするだけだ。
「じゃ、とりあえず目の前の木を登って窓から入って来てくれ」
と、錆兎が指示すると、体格の良さからすると意外なほどに身のこなしが軽い男はスルスルとあっという間に木の上に姿を現した。
普段はサラサラで綺麗な銀色の髪が汗で額にはりついていて、まだ新学期一日目だというのにそれと分かるほどにはやつれて見える。
しかしその心底疲れたような顔が、錆兎の部屋に飛び移った時には驚きの表情を浮かべていた。
「…なん…だ?
錆兎、お前、何したんだ?」
その反応で錆兎は察した。
さきほど判明したこちら側の推論は正しかったらしい。
「とりあえず言えることは…尊敬する。
宇髄ぱいせん、真面目にすごいな。
伊達に3年寮長じゃない」
なんだか錆兎も肩の荷が少し降りたと言うか…重荷を半分背負ってもらえるであろう絶対的な能力を持った先輩に安心して、思わずクスクスと笑いがもれた。
そんな錆兎に宇髄はガシガシと頭を掻いてはぁぁ~とため息をつきながら
「お前、このわけわからない状況の何をどこまで知ってんだ?
吐けっ。全て吐けっ」
と言う。
「あ~。言われるまでもなく、3年の先輩諸兄にも真面目に全部知ってもらってなんとか助けて欲しいからメッセ送ったんだけどな?
2年はあっさり流されたが、3年の虎寮長コンビはいい意味で曲者だから、ワンチャン流されないで抵抗してくれる可能性があるかなと…」
と錆兎が笑うと、宇髄は
「まあ…正しい認識だったな、それ」
と、なんだか力なく苦笑した。
「ということで宇髄が正気に戻るなら全部話して協力を求めるつもりだったんだけどな、先に聞かせてもらっていいか?
なんで洗脳にかからなかったんだ?」
正直これは賭けだった。
柏木亜子が3年にまで魔手を伸ばすのは想定の範囲内のこと。
そこで相手が油断しているところに寮長の洗脳を解けば、相手に怪しまれていない味方が手に入る。
いつも協調して行動することの多い両寮長のことだから、どちらかに言えばどちらかにも共有されるだろうし、最初に伝える人選としては、実家が宗教家で良くも悪くも視線を集める童磨よりはまだ、宇髄の方が適任かと思った。
だが出来れば錆兎が柏木亜子を怪しんでいることを知られたくないし、洗脳を解く方法があるかもしれないということも知られたくない。
だから悩みが出来たなら連絡をくれとだけメッセを送っておいたのだ。
そうすれば柏木亜子の素晴らしさを布教するためか、あるいは洗脳されていない中等部生の統率が取れないとかそんなことか、あるいは錆兎が何か有用な情報を持っていると捉えるか…宇髄なら何かしらの可能性を探るためにこちらに連絡を寄こすと思った。
だがこちらについた時点ですでに彼はどうやら完全に洗脳されることなく、洗脳されている感情と理性の狭間で苦しんでいるように見えた。
それは何故なのか…と、状況が状況なだけに疑問は明らかにしておきたくて聞いてみれば、宇髄は真面目な顔で
「昼休みに小郎に連れられて柏木亜子が近づいてきた瞬間、感情的にあの女を好ましいと思ったんだが、その感情の揺れが度を越えているように感じた。
なにしろ姫君に持っていこうとしていた食後の芋羊羹を思わず柏木亜子に勧めてしまっていたからな。
単なる一目惚れとかではありえねえ。
俺はもし相手に対してそういう感情を持ったとしたら、まず自分の地位を高めて価値ある人材として世に認められることから始めるだろうから。
ここで姫君に仕えるという寮長の責務を放棄したら、俺はただの一般学生に成り下がる。
しかもそもそもが、ありえねえだろう?
圧倒的な何かがあるわけでもない女と、自分が姫君というだけじゃなく来年度からは自分の後継者として育てているうちのゴリプリとを比べて前者にいきなり気持ちが完全に傾くなんてなぁ。
そう考えた時に『なんらかの暗示をかけられている、やばい』と思った。
そこにお前さんからのメッセが来たからな。
これはあるいは何かが起こっているんだろうと察したが、うちの高等部生達も暗示にかかっている状況で、俺が表立って動くと警戒される。
だからぎりぎり夜を待ったんだ」
「うあ……すごいな。
俺も割と理屈で物を考えるタイプだが、宇髄のそれってもう引くレベルだな。
良い意味で怖い…。
適う気がしてこないな。
まあ…味方としては頼もしいからいいけどな」
冗談でも皮肉でもなく、本当に本気でここまで他人の精神力のすごさに感心したのは初めてだった。
本当にさすが3年の寮長だ。
「一応な、俺は絶対に裏切らない。
宇髄が今回の事に協力してくれるなら、卒業後も渡辺家は宇髄個人に対して友好的な存在であり続けるし、銀狼寮の全寮生も同様であると誓う。
もちろんベスト姫君とか寮行事は譲れないけどな。
その代わり宇髄の方の裏切りは一切許容できない。
その場合は逆に渡辺家を含む全四天王とその上に頂く源家、そして全銀狼寮寮生の一族も全力でそちらを潰しに行くと思ってくれ。
…ということが前提で…話を聞くか?
聞かないなら今夜は帰って全てに口をつぐんでくれ。
柏木亜子の勢力に協力したりとか、こちらの邪魔をしたりしない限りは放置する」
これは再確認と、万が一のための脅しだ。
こちらが何かしらを知っていると柏木亜子に知られたら少々動きにくくなる。
宇髄は策略家ではあるが、学園の伝統をないがしろにするあちら側にはつかないだろうと言う期待半分、厄介ごとに足を突っ込むのは避けたいかもしれないと思うのが半分だったが、彼は思ったよりも怒っていたらしい。
「話は聞く。3年両虎寮は揃って協力する。
理由は…柏木亜子の側が姫君を尊重する気がないこと。
それで俺もだが、童磨の奴が大激怒中だからな。
あいつはほら、信者引き連れてるから怒らせると厄介だし、プラスお前達に敵対されたら、さすがに俺もやばいわ。
前回の姫君戦争で小郎に梅を攻撃されて以来、姫君に対する攻撃には過敏になってんだよ、童磨の奴は。
だから俺らに暗示をかけるまではとにかくとして、姫君に配慮のない行動は絶対にNGだ。
あと童磨が出してるそれに付随する条件が一つ」
静かに…しかしいつになく真剣な目で言う宇髄に、錆兎は珍しく少したじろいだ。
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