「…義勇さん、大丈夫ですか?」
と聞く炭治郎にこっくりと頷く義勇。
平気か平気じゃないかと聞かれれば、平気じゃないのは自分じゃなくて錆兎なんじゃないだろうか…と思う。
今日はなんだか気持ちの落差がとても激しい日だった。
昨夜…寮生の一人の茂部太郎が義勇をイメージした香水とやらを寮生全員に配ってくれた。
自分のイメージなのかと言うと自分ではわからないのだが、それはたいそういい匂いで、そんな素敵な香りを寮生達がお揃いで身にまとうということで、義勇のみならず、寮生みんながどこかはしゃいで新学期を迎える。
そんな浮かれた気持ちとは別に今回少しだけ良くも悪くも気にかかることがあって、それは新学期から来る新しい女性の教師のことだった。
正直、本当の女性が来るのに自分が姫君として遇されるのはどうなんだろうか…
と、そもそも学園内に女性が居ないからということで作られた姫君という制度について改めて考えてしまう義勇。
いや、例えば自分が2年生の銀竜寮の無一郎のように一般の女性など足元にも及ばないほどの美少女っぷりなら良いんじゃないかと思うので、ここは制度ではない、自分自身が姫君として遇されるのが良いのかどうかということだろう。
なんだか申し訳なさと心細さが入り混じったような不安な感覚。
実際に学校に行ってみれば、彼女は受け持っている高2の先輩達に随分と好意を持たれたようだ。
日常的に無一郎のように目の覚めるような美少年を目にしている銀竜の寮長の村田でさえ、新任の女性教師の愛らしさの前にその役目を忘れかけ、無一郎を待たせているのに彼女を学食に案内しかけたらしい。
そうか…ただ女性というだけじゃなくて、可愛い人なのか…
と、義勇は動揺した。
無一郎ですら二の次にされかけたのに、自分なんて見向きもされなくなるかもしれない。
自寮の寮長である錆兎は鉄の意志を持つ最強の寮長で、そんな魅力的な女性を前に、村田相手に寮長としての責務はなんたるかを問いただし、自らももちろんそれを放棄することなく、彼女の誘いを断って寮長としての責任を果たすべく義勇の下へと戻ってきたのだが…
そんな錆兎が仕切っているからだろうか。
銀狼寮の寮生達も誰一人としてぶれない。
ああ、カッコいいなぁ…
と、そんな錆兎を見て思う反面、いつかそこまで意志の強い錆兎ですら義勇を放り出して彼女の所に行ってしまう日がきたらどうしよう…と不安に思った。
なのでいつもにもまして錆兎と一緒に居たかったのだが、今晩は錆兎はこっそりと不死川に勉強を教える約束をしているらしい。
全てが寮対抗で、他寮…特に金と銀と色違いの人間は敵扱いのこの学園だが、今年の1年の両狼寮は例外的に仲が良い。
それは金狼寮の不死川が寮長には珍しく中等部からの編入生、いわゆる外部生で、特に裕福な家庭の子息ではないので色々後ろ盾やらなんやらがないことにも起因している。
普通なら圧倒的に不利なだけで終わるのだが、錆兎が全寮の中でも圧倒的に優れた寮長で余裕があるのもあって、不死川の家庭環境的なことが原因で足りないことは助けてやっているらしい。
実家の太さも戦力のうちなこの学校で、そんな一般家庭の人間が寮対抗を勝ち抜くのはまず無理だし、そもそもが外部生なのでそのあたりの戦いに勝とうという気持ちが元々薄い不死川と、同じく外部生の姫君である善逸のコンビは、寮対抗で勝つより隣の頼れる銀狼寮との協調を望み、銀狼寮の方もそれを受け入れた形で関係が続いている。
…ということで、一般家庭の中でもあまり裕福とは言えない不死川は特待生としてこの藤襲学園に入学しているので、寮の成績よりは自分の成績の方がこの学園でやっていくために遥かに必要らしいが、対外的には寮の過度な馴れ合いはNGなため、今回錆兎に勉強を教わりにくるのも秘密だと言うことだった。
ということで…勉強の邪魔をしては…というか、下級生の義勇が居る前で同級生の錆兎に勉強を教わるのは不死川も嫌かもしれないということで、今日は義勇は勉強が終わるまでは炭治郎の部屋にお邪魔している。
実は炭治郎も特待生で、彼の実家は美味しいパン屋だということで、炭治郎は焼き菓子全般作るのが上手い。
なので今回は義勇が少しでも楽しいようにとマドレーヌやらシュークリームやらクッキー、マカロンなど、山のように焼き菓子を焼いておいてくれた。
そうしてしばらく義勇達もお茶とお菓子を前に学校の宿題やその他勉強をしていたのだが、突然鳴るスマホ。
こんな時間に誰が?と思って視線を落とすと、そこに表示されていたのは、全く知らない番号だった。
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