錆兎が義勇を炭治郎の部屋に送って行って戻ると、すでに錆兎の寝室の窓の外の木の上に不死川と無一郎が待機していた。
と、窓を開けて二人を部屋に招き入れながら言うと、不死川はひょいっと身軽に室内に飛び込みながら、
「あ~…あいつは寝かせてきたから。
うちは部屋に他人呼ばないから普段は俺がリビングで陣取って寝てて、あいつの部屋行くにはそこ通らなきゃだし、アレな奴らも部屋に強襲かけてきたことねえし?
そもそもがあいつはすっげえ臆病で異変があったら飛び起きるし、逃げ足も速いから、たぶん万が一があって俺がいねえって思ったら、次に頼れそうなお前目当てにここに逃げ込んでくると思うわ」
と肩をすくめる。
確かに善逸の足の速さはもう校内一くらいだし、そもそもが金狼寮も全員が全員敵なわけではないので、善逸が部屋から逃げて助けを求めたら、逃がしてくれるくらいのことはするだろう。
まあ…今後、金狼寮ではなく別のところでそれと同様の事が起きるのだが、そのことは当然この時点では誰も想像もしていなかったわけなのだが…
こうして錆兎は外部寮組を連れて寝室からリビングへ移動。
そこには炭治郎がかなり余分に焼いておいてくれた菓子と、追い詰められた不死川が必死に勉強をするのだろうと信じている義勇がせめてもと用意しておいてくれたティーセットが並んでいる。
「わあぁ~美味しそうだね。
食べていい?錆兎」
と、今日の目的は目的として、無一郎が目をキラキラさせて言った。
錆兎が頷くと無一郎はさっそく人数分のお茶をいれる準備を始める。
そうしている間に錆兎が連絡を入れると、モブ三銃士が部屋に訪ねてきた。
「さあ、全員揃ったところでまずはお茶だなっ」
と、錆兎が言って無一郎がお茶を配り始めると、不死川が
「まずそれかァっ?」
と苦笑する。
「あ~…話複雑になるしな、真剣に…だがリラックスすることは大事だろう。
…もとい…うちの義勇がせっかく用意してくれた茶葉だから」
錆兎がそう言うと、無一郎と不死川は笑い、モブ三銃士はありがたさに紅茶の入ったティーカップを拝み始める。
なかなかカオスな光景だ。
もちろん今日は楽しいお茶会のためにこれだけの人間を集めたわけではないので、錆兎は昼休みに起きたこと、村田から聞いたことを全員に共有すべく話し始めた。
そうしてそれを話したあと、それを踏まえて亜子がなんらかの方法で傍にいる人間を暗示、あるいは催眠術のようなもので操れるのではないか…という仮説を立て、それを裏付けるために…と、茂部太郎に視線を送って話すように促す。
促されて茂部太郎は情報を表にして印刷したものを全員に配布した。
「これは今日の1年2年の各教室の変化をまとめたものです。
口頭でも説明しますので合わせてご覧ください」
そう言った上で用紙にまとめたものの詳細を説明し始める。
「まず2Aに変化が起きたのは表にもあるように授業開始後10分ほどたった頃です。
それまでは静まり返っていた2Aの教室がまるでコンサート会場のように急に賑わいました。
でも普通女教師だからって盛り上がるなら彼女が入室してすぐのはずです。
ここで10分の差異はなんなのか…と、俺達3人は疑問に思ったんです。
で、それぞれ2Aと2B…そして自分の教室に分かれて観察することにしました。
最初の休み時間、2Aの学生達は女教師…柏木亜子に夢中になっていましたが、2Bの学生は変わらず。
ところが2時限目、亜子の授業を受けたあとから2Bの学生達も亜子に篭絡されていました。
授業の前と後、他に違いはと言うと、1時限目と2時限目の間の休みに見た時には開いていた2Bの窓が次の休み時間には全部閉まっています。
それでそこにも着目した我々が一応、と、2Aの教室を覗くと、やはり窓が全て閉まっていました。
そこでのちに皇帝にお願いしておかしくなった2A在籍の銀竜の寮長に確認して頂いたところ、最初は全開だった2Aの窓を亜子の依頼で全て閉めたということです。
以上から、亜子の洗脳にはなんらかのガスのようなものが使用されているのではないかと推測されたので、それを実証するべく我々の一人がこっそり彼女に近づいてみました。
が、なんの変化も見られませんでした。
3人全員試してみたのですが、3人とも何もなし。
しかしそこで一つ気づいたのですが、我々がごくごく近距離に近づいた2年が急に暗示が解けたように不思議そうにしていました。
なので、3人それぞれ2年の周りをまわってみたのですが、やはり我々が近い距離に近づくと、暗示が解けるようです。
とりあえず今のところ分かった点気づいた点は以上です」
ピシッと敬礼する茂部太郎。
ほおぉぉ~と感心する他寮の二人。
「うあ…これマジかァ?
モブ三銃士優秀過ぎね?」
と、不死川がため息をつけば、
「すべては皇帝と姫君のご加護です!」
と言い切るモブ三銃士。
「…すげえ。もうこれ宗教じゃね?」
と不死川は苦笑。
それに茂部太郎はきっぱりと
「我々は幼稚園児の頃からずっとお二人にお仕えできることを夢見て生きてきましたからっ!!」
と誇らしげに胸を張った。
「いやいや。
錆兎はとにかく、お姫はお前らが幼稚園児の頃は赤ん坊じゃねえのかァ?」
と笑う不死川に錆兎が
「えっとな、実はこいつらがずっと推してた【エルサイアオデッセイ】ってアニメのヒロインがうちのお姫に激似でな」
と補足すると、
「マジかァっ?!俺もみてえわ、それ」
と不死川が身を乗り出す。
それに茂部太郎は、あとでお貸ししますねと言った上で、さらに
「それだけじゃなく、その主人公がまたもうめっちゃ凛々しくてカッコよくて、うちの皇帝に激似なんですっ!
推しCPにお仕えすることができるなんてもうモブ冥利に尽きすぎて、毎日が幸せで死にそうですっ!」
とこぶしを握り締めて力説する。
「え…僕もそれ見てみたい」
とその言葉に普段は色々なことに我関せずな無一郎もそんな風に言い出した。
「とりあえず…柏木亜子の使っている薬物のことですけど、うちの親の会社、製薬会社なので、調べてもらいました。
そこでわかったんですが、おそらく最近問題になっている違法薬物…簡単に言うならいわゆる強力な惚れ薬のようなものだそうです。
今、結構あちこちで問題になっている薬物で、異性同性関係なく相手に絶対的な好意をもってしまうそうで、効力はだいたい2,3日ではありますけど、学校で授業中に使用すればほぼエンドレスに相手を操ることができると思われます。
そんな薬物を使われてなお姫君への愛を失わないうちの皇帝は、やっぱりカインの生まれ変わりだと思うんですが…」
と、手を挙げて説明しつつ少しそれかけた話題を本題に戻すとみせかけて、結局そこに行きつくモブ三銃士の一人、園辺射人。
「一応今の時点で解毒のようなものは開発されていないようなんですけど、やっぱりアレですかね?
愛?もしくはカインの生まれ変わりである錆兎皇帝のヒーローパワーとか?」
と、どんどんおかしな方向に流れていく射人の言葉。
しかもそれにモブ三銃士の残りの二人も
「そうだよなっ!皇帝はカインの生まれ変わりだから、特別な能力があってもおかしくはないよな、絶対っ!」
と肯定の声をあげる。
しかしそこで茂部太郎の
「しかも俺達も柏木亜子に近づいてもその毒牙にかからなかったし、銀狼寮の寮生はたぶんカインとアリアの生まれ変わりである錆兎皇帝と姫君義勇様のご利益があるんだろうな」
と言う言葉で、無一郎が何かに気づいたように
「ちょっと待ってっ!」
とストップをかけた。
「錆兎だけじゃなくて君たちも平気だったの?
というか…銀狼寮の他の寮生は?
みんな影響されなかったの?」
と続ける言葉に、茂部太郎達は顔を見合わせて
「そうですね。
そう言えば俺らだけじゃなくて、女教師の傍を通りがかったうちの寮生達もまったく変わりはありませんでした。
金狼のやつらは一瞬変な感じの反応したやついたけど、すぐもとに戻りましたし…」
と答える。
「…それって…もしかして…」
と、そこで錆兎が思い当ったように上着の内ポケットから綺麗な青い小瓶を出して
「これが原因じゃないか?」
とそれをかざして見せた。
「あ……」
とモブ三銃士も顔を見合わせる。
「そう言われてみれば、村田も俺が近づいたら正気に戻ったしな。
おそらくこの香水に解毒作用みたいなものがあって、それをふりかけてる俺達はもちろんのこと、俺達が近づくことでそれを間接的に吸い込んだ村田や金狼の寮生も洗脳が解けたのかも」
「それしかないね」
錆兎の言葉に無一郎が大きく頷く。
そしてモブ三銃士は例によって
「それですねっ!アリアは聖なる巫女姫なので、うちの姫もきっと聖なる力があるんですっ!
それはうちの姫君のための香水ですしっ!!」
と、拳を握り締めて力説した。
「…あ~…うん、まあその辺は良いとして…」
と、少し呆れた様子の無一郎だが、
「その香水って予備あるの?
あるならとりあえずうちにも頂戴。
出来れば全学生に配布できればいいんだけど…」
と、とりあえず果てしもなく暴走しそうなモブ三銃士の推し談義を遮って話を進める。
「今はうちの寮生の分くらいしかないんだが、一応茂部太郎の家で増産予定だ。
ということで…どのくらいの期間でどのくらいの量を用意できる?」
と、錆兎が言うと、茂部太郎はピシッと手を挙げ、
「皇帝のご命令とあれば、2,3日以内には全校生徒の分を用意させますっ!
ただ大量にとなると原材料の花を大急ぎで栽培しなければなりませんので、ある程度時間がかかるかと…」
と、すでにスマホを出してメールを打ちつつそう答える。
「十分だ。
とりあえずは校内で洗脳される人間が出ないように出来ればいい。
だが最終的にはそうだな、学園内だけではなく洗脳薬の解毒剤として世界に流通させたいな」
と錆兎が言うと、今度は射人がピシっと手を挙げ、
「じゃあうちの父の会社で解毒作用の部分を抽出できないか成分解析をしてもらいます!」
と申し出た。
「…なんか…銀狼寮、すげえなァ」
と感心したようにため息をつく不死川。
だがその横でチラリとスマホに視線を落としてため息をつく無一郎に気づくと、
「おう、なんかあったのかァ?」
と声をかける。
それに無一郎は
「うん。なんていうか…彼女は馬鹿なのかな?
中傷なら電話にすればいいのにね?
わざわざメールで証拠残してくれてるよ」
と苦笑交じりにスマホを全員に見せてよこした。
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