「じゃ、終わったら迎えに行くから。
お前の一人くらい抱えて帰れるから眠かったら炭治郎のベッド借りて寝てても良いぞ」
食終、錆兎は炭治郎の部屋で時間を潰す義勇にそう言うと、身をかがめてその白い額に口づけた。
義勇の後ろには愛弟子。
その手にはバスケットいっぱいの菓子を持たせている。
いつもなら食後はリビングでその日に中等部であったことや思ったことなど、姫君の可愛いおしゃべりを聞きながらゆったりと過ごす時間なのだが、今日は色々と不穏な出来事を目の当たりにして緊急事態と判断するしかなかったので仕方がない。
昼休み…村田を退避させた錆兎は亜子がしつこく引き留めるのを振り切って義勇の待つ中庭に戻った。
錆兎にとって幸いだったのは、亜子は彼を引き留めたがったが、ライバルを増やしたくない周りは錆兎がその場にとどまることを望まなかったことだろう。
なんのかんので形だけは引き留めるような発言をしてみたものの実力行使に出ることはなく、錆兎を引き留めるよりは亜子を宥めるほうに比重を置いてくれたようだ。
おかげで錆兎はこの異常事態を前にいったん戦略的撤退をしたうえで、情報収集と分析の時間を取ることができたのである。
とりあえず姫君達…というか、義勇に不安を感じさせることは出来ないので、村田については、彼が頼まれるととても断るのが苦手な性格だから…と、
「ほんと、村田はしっかりしてねっ?
今年のベスト姫君はたぶん錆兎のところが持っていくんだろうけど、うちだって諦めてるわけじゃないんだからっ」
などと無一郎が上手にごまかしてくれている。
少し遅れてたどり着いた錆兎はそれにホッとしつつも、
「俺からもちょっと説教だな。
すまない、村田を借りていくぞ。
みんなはそのまま食っててくれ」
と、村田を離れた場所まで連れ出した。
そうしてまだ混乱しているような村田に事情を聞く。
「…つまり…最初は皆、あまり関心を持たなかったということか…。
きっかけは小郎が前で問題に答えたことということでいいか?」
「うん、そうだと思う。
なんていうか…今にして思えば何故無一郎を放ってまで彼女を食堂に案内しなきゃと思ったのか本当に謎なんだけど、あの時はそれをしないと彼女がすごく可哀そうだって思っちゃったんだよね」
と、そんなやりとりで錆兎は完全に柏木亜子が危険人物であるという認識を強めた。
村田の話から察するに、おそらく彼女に近づくと催眠術か暗示かそんなものが働くのだろう。
だが、そう考えるには一つ腑に落ちないことがある。
錆兎自身、彼女にすぐそばに来られたのだが、特に感情の変化のようなものはなかった。
しかしそう言えばすぐそばに来ても錆兎が相変わらず突き放した物言いをすることに、亜子は一瞬驚いた表情を見せていた。
おそらく本来なら自分も暗示にかかるはずだったのだろう。
ところが何かが原因でイレギュラーが起こった?
とにかくたった半日で2年がほぼ篭絡されたことを考えると、対応に時間はかけられない。
この危険な波が1年と3年に広がるまでにどうにかしなければ…と、錆兎はとりあえず不死川に至急中庭に来るようにメールを打つ。
3年はどうするか…
もしすでに亜子の魔手が伸びているとすれば、こちらが彼女の危険さに気づいていることを知らせるのは得策ではないのだが……
誰にどこまで話すか…錆兎は悩んで結局宇髄に、とあるメールを送った。
そうしてこれから不死川と話があるからと村田は姫君達とその護衛をしている炭治郎が食事をしている中に戻して、自分は不死川を待つ。
そうして駆け付けてきた不死川に事情を話すと、まず不死川が
「昼休みあと15分で話すのは無理な感じじゃね?
夜にお前んとこに集合ってことで」
と言い出す。
ちらりと正確な時を刻む愛用の腕時計に目をやれば、確かに時間がなさすぎる。
しかし…間違ってもそんな不穏なことが起きているなどとは自寮の姫君には気づかれるわけにはいかない。
普段は同室で良いのだが、こういう時は困るな…と悩む錆兎に不死川がにやりと
「お姫には俺がこっそり勉強教わりにくるってことでOKじゃね?
寮長の仕事でめちゃ忙しいけど特待生だから成績落とせねえからってことで。
でも一応立場的にはライバル寮の寮長だからあんまおおやけに教わってるとかいうと立場がまずいから出来れば秘密にってことなら、それらしくね?」
と提案してきて、それを採用することにした。
そして義勇には勉強が済むまでは炭治郎の部屋に居てもらうということで、話がつく。
「…これは…バレるとまた色々寮長としての不死川の信用問題になるから、絶対に秘密な?」
と、呼び寄せた義勇にいかにも大切な秘密のように声を潜めて言えば、そんなに大切な秘密を打ち明けられていると思ったのだろう。
とても嬉しそうな顔で目をキラキラさせながら頷くのが壮絶に可愛い。
そういうわけで夜に不死川と二人で秘密会議とあいなったわけなのだが、そこで来るメール。
(…錆兎、もしかして今夜は秘密会議?俺も行くね)
と無一郎から。
そうして残り少ない昼休みで急いで昼食を摂って教室に戻ろうとすると、気配もなく近づいてきた茂部太郎から渡されるメモ。
それに目を通した瞬間、錆兎は自寮の優秀な人材に感謝する。
ということで、モブ三銃士も会議参加決定。
計6名が銀狼寮の寮長のリビングに集まって報告及び当座の対応を話し合うことになった。
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