こうして4時限目が終わって面識が出来た二年生の教室のあたりに行くと、元気に出てきた学生達が亜子をわ~っと取り囲んできた。
と、一緒に行く気満々だった小郎と
「教職員は教職員用の食堂があるから、もしその後に寮長巡りしたいなら待ってるけど…」
とそれと対照的に一歩引いた感じの村田。
提案としてはもちろん寮長コンビと一緒に居たいが、他の寮長を紹介してもらうとなれば、自己主張が激しそうな小郎よりも村田にしてもらう方が他の寮長と仲良くはできそうだ。
なので
「早く学校に慣れたいし、皆と一緒にご飯食べたいな。
案内してくれる?村田君っ」
とその腕をとると、小郎は舌打ち。
村田の方は少し驚いたようだが、
「う、うんっ。じゃあ行こうか」
とゆっくり歩き始めた。
もちろん小郎だけではなく、他の学生達も亜子の周りを囲み、我先にと色々話しかけてくる。
皆、亜子の気を惹きたいのが見え見えで、とても気分が良い。
ただ、村田は紳士らしく亜子が疲れないように少しゆっくり目に歩いてくれているのだが、亜子からするとじれったい。
正直、一刻も早く本命と仲良くなりたいので、さっさと食堂に行って、さっさと昼食を済ませて、早く錆兎に会いにいきたい。
が、だから急げとも言えないので、
「初日で緊張しちゃったから、おなかぺっこぺこ」
とぺろりと舌を出して言えば、それが可愛いとまた周りが盛り上がった。
そしてそのまま食堂に。
席は先に行った学生が取っておいてくれたらしい。
食堂の入り口につくなり
──こっち、こっちっ!
と、一際景色の良さそうな広い席から手を振ってくる。
それに手を振り返して、トレイを手にしようかと思ったところで、後方でざわめきが起こって、亜子は後ろを振り返った。
そこに見えるのは圧倒的な存在感。
まるでドラマか物語の中から飛び出してきたような迫力とカッコよさ。
す…すてき……
と脳内で叫ぶ亜子。
藤襲学園の制服である燕尾服を着てはいるが、それよりは鎧と刀が似合いそうな、侍のような雄々しく凛々しい空気をまとった青年。
長めの宍色の髪は走ってきたせいか少し乱れていて、最高級の宝石のように透明度が高くキラキラした美しい藤色の瞳は鋭い光を放っている。
もうその存在自体が美しくて眩いばかりで、他が皆霞んで見えてしまう。
ああ…これが本命……年の差なんてどうでもいい!
と、亜子は心の中でそう呟いた。
少し太めだがそれも凛々しい綺麗な形の眉がキリリとあがっているので不機嫌に見えてしまうが、彼はもともと愛想を振りまくタイプではないと資料にはあった。
それでも十分素敵なわけなのだが、どうせなら自分にだけは優しい笑みを見せて欲しい。
そんな気持ちもあって少しでもそれを実現すべく、亜子は
「渡辺錆兎君でしょ?
今年度最強って言われてる寮長さんよねっ」
と言いながら錆兎に駈け寄った。
これで他の学生同様、彼の態度も優しく甘くなるはずである。
ところがところが、
「あ、あたしね、新任教師の柏木亜子っ。
教師になり立てでまだ学生気分が抜けなくて色々失敗も多いけどよろしくねっ」
と自分的にとびきり可愛いと思っている笑みを浮かべながらそう言って見上げても、不機嫌そうな彼の表情は変わらない。
それどころか失敗が多いと自覚があるなら学生に媚びを売っている暇に力量を磨けなどときつい言葉を浴びせかけられて、亜子は唖然としてしまった。
え??どうなってるの??
と動揺していると、錆兎の叱責は今度は隣に居る村田に向かう。
彼はどうやらいつもは自寮の姫君にランチを用意しているらしく、それを放置でここにいることに対して、寮長の責務を放棄していると怒っているらしい。
そして錆兎に叱られたことで何故か村田が急に我に返ったように動揺し始めた。
そこで亜子はさらに慌てる。
何故?
こんなに簡単に暗示が解けてしまうモノなの?
怒られたから??
そう思ってみるが、全く影響なく錆兎を非難する学生もいて、一体なにがどうなっているのかわけがわからない。
自寮の姫君のためにランチを持っていくという村田のことを非難する学生達。
解けた?完全に暗示が解けちゃった?
何故?
と一生懸命考える亜子。
そこで思った。
もしかして感情がひどく高ぶると暗示が効きにくくなったり解けたりするんじゃないだろうか…。
そう考えるとここに来た時点で腹を立てている錆兎に暗示が効かず、また、その大変迫力のある錆兎に間近で名指しで激しい非難をあびたことで村田の暗示が解けてしまったことにも合点がいった。
ああ…そうか……
と、亜子の腹の底から黒いものが沸き上がった。
せっかく錆兎の愛情を一身に受ける予定が暗示が効かない状態での出会いになってしまったのは、おそらく村田の寮の姫君が錆兎に泣きついたからだろう。
そうでなければ学生達にちやほやされながら楽しく食事を終えたあとすぐに錆兎に会ってあふれるほどの愛を向けられたはずなのに……
…絶対…絶対に許さないわっ!!!
銀竜の姫君は味方に付けるつもりだったが計画変更だ。
絶対に地の底まで陥れてやるっ!!
亜子はそう決意を固めながらも、表向きは悪気がなく純粋な乙女を演じるため、涙をこぼしてみせた。
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