「お前、そんな無責任ならもう寮長をやめろっ!」
鬼軍曹と恐れられている銀狼寮の寮長錆兎の強い怒りを感じさせる声と言葉にそれまで不自然とも思えるほどの笑顔があふれていた辺り一帯の空気が凍り付いた。
「ちょ、いくらなんでも他寮の寮長…しかも上級生の寮長に対して調子に乗りすぎだろ」
と、それに少し離れたあたりにいた2年生数名はそれでもブーイングをするが、すぐ目の前でそれを言われた当人の村田は目を丸くしてポカンとして、次の瞬間、ひどく戸惑ったような様子を見せる。
そのどちらにも構わず錆兎は続けた。
「寮長の責務は知っていて寮長の座につくことを選んだはずだが、それを全うできないと思うなら今すぐやめろっ!」
「…えっと…でも亜子ちゃんは学校に慣れてないし…食堂に連れて来てあげないと?」
と、説明をしつつも自分で自分の言葉に納得できないような表情の村田に錆兎は違和感を感じつつも
「教師は教師の食堂がある。
百歩譲って本人が生徒用のを利用したいと言ったとしても、お前が案内する義理はない。
お前が命じる権限のある一般の寮生が周りに何人いると思っているんだっ」
と、村田の言い分を論破して見せた。
それに村田も、うん、そうだよね…と頷きながら、なんだか自分で自分が良くわからないと言った風に
「…え?えっと…でも亜子ちゃんが俺に……」
と、どこか不自然におずおずと言う。
そんな村田に錆兎は大きなため息をついた。
「お前は銀竜の寮長だ。
で?寮長が一番に優先すべき相手は誰だ?」
「………」
「…誰だ?」
「…自寮の姫君…」
「…で?自寮の姫君に昼食も摂らせずに待たせて何をやっている?」
「…え?…あれっ?…そう…だよね…あれ??」
言われていきなり混乱したように首を傾げだす村田にこちらも訳がわからないという顔の錆兎。
「お前…大丈夫か?」
とそれでも言葉を紡ごうとした時、いきなり亜子が二人の間に割って入った。
「ごめんなさいっ!!全部私が悪いのっ!!
村田君が優しいからつい頼んじゃったのっ!!
副寮長さんが怒ってるのね?!
すごく怖いけど謝りにいってくるからっ!」
涙を零しながらそういう彼女を数名が
「亜子が悪いわけじゃないよ。
軍曹はもともとキツイ男だから気にしないでいい」
などと囲んで慰めている。
そんな間にも村田は混乱したように、あれ?あれ?を繰り返しているので、錆兎は
「とにかくさっさと無一郎のとこに行ってこい。
今義勇と一緒に炭治郎が護衛しつつ飯食ってるから」
と促した。
「あ。そうだっ!無一郎の飯っ!!
俺ほんとどうしたんだろっ!
錆兎、ごめんっ!ありがとうっ!!」
慌てて弁当を取りに教室へ戻ろうとする村田に
「ふざけんなっ!亜子ちゃんが可哀そうだろっ!村田っ!!」
と亜子を取り巻いている何名かがまたブーブー罵るが、
「ふざけるなっ!!」
と錆兎が一喝。
確かに自寮の寮生達が言うように、2年生達は明らかにおかしい。
女教師があえてなのだろう、姫君に悪い印象を与えるような言い方をして彼らを煽っているのはわかるが、そもそもが姫君に忠誠を誓っている寮生達がそれで教師の方に不快感を覚えることもなく、姫君に悪意を抱いているなんて、普通にありえない。
何か洗脳でもされているのだろうか…。
ともあれ、万が一そうなのであれば、出来るだけ影響力の大きい寮長達はいったん彼女から引き離した方が安全だろう。
そう判断した錆兎は、
「ここは俺に任せてさっさといけっ!」
と村田に声をかけつつ、一部追いかけようとする2年の前に立ちふさがった。
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