寮生は姫君がお好き1006_狂った寮長

「…おい、村田を知らないか?」

高等部の校舎に戻った錆兎は銀竜の寮長である村田を見なかったか、まずは同学年の自分の教室の自寮生達に尋ねる。
すると寮生達はなんだか意味ありげに顔を見合わせた。

「…なんだ?どうしたんだ?」
とさらに聞くと、彼らは少し顔を見合わせて何か相談して、それから代表して一人が一歩前に出る。

「えっと…なんだか銀竜の皇帝だけじゃなくて2年全体がなんか変なんです」
「変??」

錆兎に答えつつも廊下の窓の向こうに見える食堂の方に視線を向ける銀狼の寮生。
錆兎の視線も自然にそちらへ。

「なんていうか…俺らが授業終わって外に出た時には2年みんなが新任の教師をちやほやと囲むように食堂の方へ歩いてて…」
と続く寮生の言葉に
「…おかしいよな?」
「一人や二人おかしくなるのが居ても、姫君を戴く寮生全員がそうなるのって考えられねえんだけど…」
と、周りの1年達がこぞって頷く。

まあ…居場所がわかったなら直接自分の目で確かめるのが早いだろう。

錆兎は
「念のためな、お前達は極力新任教師に近づくな。
何か変わったことがあったら即俺に報告しろっ」
と自寮の寮生達に念押しをして、今度は急いで食堂の方へと足を向けた。

──うちの寮長、やっぱ学園一かっけ~!!
鮮やかな宍色の髪を翻して走っていくその後ろ姿を見て盛り上がる銀狼生。

──やっぱ学園一凛々しくて頼れる感じだよなっ!惚れぼれするわっ。
──姫君も学園一可憐だし、俺ら銀狼生で良かったよなっ!!
と、はしゃいでいる。

──銀狼はいいよなぁ…俺らももう銀に合併してえ。
──もう1年全員で狼寮で良くね?
──うちなんて姫君自身がペンライト持って銀のお姫を応援したいとか言ってるし。
と、そんな銀狼寮の寮生の態度にライバル心を抱くことなく、むしろ同調する金狼寮の寮生達。
1年の狼達はどこまでも仲良しで平和である。


ともあれ、そうして食堂の入り口についてなんだか賑やかな室内を覗くと、小柄な女教師を囲む2年生達の姿が錆兎の目に入ってくる。
教師は色気があるタイプというより小柄で女というよりも少女のような、どこか庇護欲をそそる雰囲気を醸し出していて、なるほど、年上で教師と言うことを度外視でちやほやしたくなる奴が出てくるのも仕方ないだろう。

それは特に否定はしない。
だが一方でこれはダメだ、と、思う。
他は良いが、姫君を第一に考えて寮を盛り立てることを責務とする寮長がそういう輩になることだけは断固として許されないことだ。

思わず厳しくなる表情の錆兎に何故か気づいたらしい。
女教師がその刺すような視線に臆することもなく、
「渡辺錆兎君でしょ?
今年度最強って言われてる寮長さんよねっ」
とこちらに駆けよってきた。

「あ、あたしね、新任教師の柏木亜子。
教師になり立てでまだ学生気分が抜けなくて色々失敗も多いけどよろしくねっ」

満面の笑み。
それを笑顔で見つめる2年生達。
しかし錆兎はそのどちらにもどこか嘘くさい、茶番のようなものを感じている。

基本的に人は笑顔の方が良い…錆兎はそう思ってはいるのだが、このどこか作為的な笑顔は非常に気持ちが悪い。
日々見ている自寮の姫君の清らかで邪気のない笑顔とは同じ笑顔という言葉を使うのが不快なレベルで違うと思う。

紛いものは嫌いだ。
そのくらいならない方が良い。
ゾワリと全身が総毛だつような不快感に顔が歪んでしまいそうな気持を気合で押さえつけると、自然と顔から表情が消えた。

それでもここで無視をしても先に進まない。

なので、
「なり立てというので一つアドバイスをしておく」
と言う言葉を投げかけた錆兎。

その口調の硬さと厳しい声音も教師、亜子は全く気にならないようだ。

「わぁ~!嬉しいわっ!」
とにこやかに錆兎の手を取ろうとするが、錆兎はそれを拒絶するように軽く払った。

ここで亜子は初めて、え??と心底驚いた顔を見せる。
どうやら錆兎の声が冷ややかなのは、彼がクールな人間だからで、自分に好意を持っていないからだとは微塵も思っていなかったらしい。

そんな彼女の驚愕に構うことなく、錆兎は
「まず教師は職業だ。
対価を得ている以上、学生気分が抜けないことで失敗が多いと言う発言自体が無責任だ。
失敗が多いと言う自覚があるなら、学生と同レベルではしゃぐ暇に対価に見合わない失敗を失くすよう力量をあげていく努力をすべきだ。
以上」
と言い切ると、彼女だけじゃなく固まる周りの間を縫って、銀竜寮寮長の村田の前に立った。

そしてこちらにも彼女に対する以上に冷ややかな声音で言い放つ。

「村田、お前は一体何をしている?」










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