──義勇、話はちょっと後でな。来たようだ…
錆兎の周りの空気が変わる。
いつものことながら錆兎に関してだけは空気が読める義勇はその一言で即黙って錆兎の視線の先を追った。
錆兎はすでにそちらに神経を集中させて動画を撮っている。
こうして犯人が作業を終えるまで1時間。
帰っていくその姿まで録画を終えて、撮影終了。
二人とも寒さでガチガチで震えながら部屋へと戻っていった。
その日は宇髄の部屋には誰も現れなかったらしい。
そして翌日の夜、4人は宇髄の部屋に集合していた。
3人はそれぞれ、ベッドの下、ベランダ、シャワー室に隠れて待機、義勇は宇髄の部屋の椅子に腰をかけた。
こうして明かりを消して間接照明だけつけた室内。
4人は息を殺してそのときを待つ。
やがて…部屋主が外出中で、かかっているはずの鍵がカチャリと開き、ドアが開く。
侵入者は間接照明の明かりにぎょっとしたように一瞬足を止め、しかしそこに座って雑誌をめくっている人物に気づいてホッと胸をなでおろした。
「冨岡、ここは宇髄の部屋では?何をしているのかい?」
かかった声で義勇はゆるりと雑誌から視線を外して、相手に意識を向けた。
「宇髄と共同研究のレポートを書く予定だったんです。
けど今日帰り遅いらしくて…
帰りまで待っててくれって言われて待ってるんです」
演技は全くダメな義勇だが、少し人慣れない様子で教師を前にやや緊張気味なのが幸いにして返って自然に見える。
「ああ、そういえば今日レポート用に天体を観測したいと望遠鏡を貸し出し中だが、それかい?」
「いえ、俺が書くのは科学のほうです。
お互い実験は終わっていて、それを照らし合わせつつ書く予定で…。
先生も何か宇髄と約束を?」
「ああ。ちょっと植木鉢を探してるんだが…」
「植木鉢?ああ、そういえば出窓のところにありますね。それですか?」
「ああ。それだ」
男…A組の担任の浜田はそちらにチラリと視線を向けたが、そちらには向かわず、カチリと後ろ手に鍵をかけた。
「先生?」
きょとんと首をかしげる義勇のほうに浜田はものすごい勢いで走りよってその腕を取り、そのまま後ろのベッドに引きずり倒す。
「な、なんですかっ?!」
いきなりの教師の奇行にただただ驚いて目を丸くするだけの義勇の言葉には答えず、浜田は引き倒した義勇の上に馬乗りになると、どこからか出した紐で両手首をしばった。
「なにするんですかっ?!!」
ここに来て本格的に暴れようとする義勇の喉下に浜田はナイフを突きつけた。
「運が悪かったね。せっかく宇髄が不在なのを知ってきたところに居合わせるなんて。
大人しくしててくれれば、命を取ろうとは思わないよ。
君には私がここに来た事を黙っていてもらわないといけないからね。
君の方にも黙っていて欲しいと思う秘密を作るだけだから…」
はぁはぁと荒い息が気持ち悪い。
いかにも仕方なくという言い方をしながらも、浜田は明らかに興奮しているようだった。
まとめて縛った両手首を片手で器用にベッドの枠に結びつけると、義勇のシャツのボタンをゆっくりと外していく。
「何を……するつもり…です?」
青ざめる義勇に浜田はニコニコと嬉しそうに笑った。
「大丈夫。先生は慣れてるから痛くはしないからね。
ただ君を一度抱かせてもらって、その時の写真を撮らせてもらうだけだよ。
君だって男に抱かれた事後の写真をばら撒かれたくはないだろう?」
ぞっとした。
気持ち悪さに叫びだしそうだが、なんとか耐える。
そして気力を振り絞って事前に錆兎に聞くように言われた言葉を口にした。
「それは…先生がさっき言った植木鉢と関係があるんですか?」
確信をついているであろうその質問にも、誰も来ないという安心感からか浜田は特に迷うこともなくうなづいて答えた。
「ああ、先生どうしても誰にも知られずにあの植木鉢を手にいれたいんだ。
それだけだからね。君さえ黙っていてくれれば、写真だって誰にも見せたりしないから…」
これでチェックメイトだ。
「そこまでだっ!!」
と錆兎が思い切り声をあげれば、彼を含めて隠れてた3人が一斉に姿を現した。
まずはまだに血相を変えて突進しかける錆兎から浜田を離すように宇髄と村田が浜田を左右から抱えてベッドから引き摺り下ろし、同時に
「錆兎は義勇を頼むっ!縄といてやってくれっ!」
と、すかさず宇髄が矛先をそらす。
あの日、自室のドアを拳でぶち破られた記憶はなかなか消えるものじゃない。
だからこの計画を決めた時点で怒りに頭に血が上った錆兎が犯人を殴り殺さないようにと、宇髄が秘かに決めていた裏作戦だ。
そこでそれを察したわけではないだろうが錆兎の名が出た時点で義勇が
「錆兎、縄ほどいて…早く…痛いんだ…」
と少し弱々しい口調で言えば、もう完全に錆兎の注意を向ける対象は義勇へと切り替わる。
「義勇、危ない真似させてごめんな?」
と、縄を解いた上で、そっと抱きしめた。
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