「ほら、飲めよ。」
コトリと目の前に置かれるマグ。
鼻の頭と目を真っ赤にしながら、義勇はそれを手に取った。
なので少し苦手なコーヒーをすするとなんだか苦くて涙が出た。
そう、涙が出たのは苦みに弱いせいに違いない。
結局錆兎の部屋を出た義勇は宇髄の部屋に駆け込んでいた。
何故だろう…ついさっき知ったばかりの、決して親しみのわく顔立ちでもない、愛想が良いとは言えないこの男には、人見知りが強いと自覚のある自分なのに妙に弱さをさらしてしまう。
出会いが出会いだったからだろうか…。
今日の4時間目のことだ。
科学の授業が終わった時、前の学校の授業の進み具合を確認したいからと、そのまま教師に付いてくるように言われた。
そして科学準備室へ。
途中の廊下ですれ違った一人の男子生徒。
こんな進学校で髪を染めているのすら珍しいのに、その色が銀色というのはさらに珍しくて、印象に残った。
科学準備室に着くと勧められるまま椅子に座った義勇の斜め後方に立った教師は、この学校は勉強が出来るか否かがものを言うから…と言いつつ、最初に言った通り前の学校の授業について聞くのはいいが、やたらと髪やら耳やら肩やらを触ってくる。
正直気持ち悪かった。
一通り授業の事について話し終わり、
「昼が終わってしまうので…」
と、義勇が立ち上がりかけると、グイっと腕を掴まれて後ろから抱き寄せられた。
わけがわからず、でも驚きすぎて声も出ずにいると、いきなりガラっとドアが開き、教師は突き飛ばすように義勇を解放した。
「あ~、先生わりい、今日俺そいつとメシ食う約束してるんだけど、もういい?」
ヘラリと笑ってそう言ったのは、さきほどすれ違った銀髪の男子生徒だ。
「ああ、そりゃ悪かったね。行っていいよ、冨岡」
教師は動揺もそのままに、義勇をドアのほうへと促した。
「じゃ、行こうぜ」
と、男子生徒は呆然と立ちすくむ義勇の腕をグイっと掴んで部屋の外へと出すと、ピシャン!と科学準備室のドアを閉めた。
「あ、あの……?」
「余計なお世話だったか?あいつにベタベタ触られたりとかしなかったか?」
さっきすれ違っただけで面識のない相手に戸惑う義勇にその男子生徒は食堂方向に歩きつつそう聞いてくる。
もしかして…助けてくれたのか……。
ふらりと力が抜ける義勇を、さきほど掴んでいた腕の辺りをまた掴んで支えてくれる。
「あ~、普通んな事に免疫ねえもんな。
大丈夫か?そのあたりの階段なら滅多に人もこねえし、ちっと休むか?
なんなら俺のパン半分わけてやるよ」
苦笑すると綺麗すぎてキツイ印象を与える顔立ちが急に優しい感じになる。
悪いと思う気もおきないほどのさりげなさで、強がる気もおきないくらい気負いなく、うながされるまま階段を少し上がったところで座り込んだ。
「このあたりの階段は俺の特等席なんだぜ」
男子生徒は笑ってそう言うと、手にした袋の中からパンを二つ取り出して、一つを義勇に渡してくれた。
「俺は宇髄天元。お前は?転校生」
「ぎゆう…。冨岡義勇」
これが宇髄と義勇の出会いだった。
こうして二人してパンを齧りながら、宇髄はこの学校のことについて色々教えてくれた。
先ほどの科学教師が実は少年好きで、この学校は成績が全て物を言うということで教師に逆らいにくいのをいい事に、気に入った生徒がいると科学準備室に連れ込んでいたずらをすることがあるらしいということも…。
そして最後に学園祭の事件について少し触れて、その後、
「俺はなんだかその事件の真犯人っつ~ことになってるらしいからよ、俺と会った事は内緒な?
たぶん色々言われっから、校内であっても知らん振りしとけよ?」
と、困ったように笑う宇髄に、義勇はブンブン首を横に振った。
「いいたい奴には言わせておけばいい。
俺はお前と食事をするの結構楽しいし、それを隠そうとは思わない」
うるさいのは嫌いだから明日もお前と一緒に食べるぞっ!と、義勇がガシっと宇髄の袖口を掴んで宣言すると、宇髄は
「お前も物好きだよなぁ」
と、また少し困ったような顔で笑った。
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