「あ、ぎゆ…」
昼休みがそろそろ終わるので教室に戻ると、ちょうど義勇も戻るところだったらしい。
声をかけて駆け寄ろうとした錆兎はピタリと足を止めた。
と、滅多に見せない笑みを惜しげもなくさらして手を振る義勇。
あんなに寛いだ笑顔なんて本当に錆兎だってそうそう見たことが無い。
人見知りのはずの義勇がたった一日でそんなレアな笑みを見せるようになった相手は一体……
と、ひどくショックを受けながらも義勇が手を振った相手に視線を移して、錆兎はさらに固まった。
スラリと高い背に綺麗な銀色の髪。
そして目立って端正な顔立ち。
これは…宇髄天元か?!
よりによって何故あいつなんだ――誰が敵で味方かわからない状況で自分以外とあまり近い距離に居るのは危険だと言うのに…
と理性で思う一方で
ああ、あいつで良かった――やめろ言える理由があるか…
と感情的な思いが脳裏をよぎる。
我ながら感心できた考えではないことは重々承知だが、錆兎にだって人並の独占欲はある。
自分がそれこそ人生を投げうって守っていこうと決めた相手に自分より親しい相手を作られたら面白くはない。
だが、そんな私的な感情以前に、これは今回の任務的に宜しくはないはずだ。
義勇は素知らぬ顔で相手から情報を引き出せるような人間ではないし、むしろ義勇の方から自分たちの正体がポロっと漏らされる可能性もある。
クルクルと回る相反する思考。
そんな私的な感情も沸き起こる中で色々考えたが、結局、宇髄と義勇を引き離したほうがいいというのは嫉妬ではなく、自分たちの仕事上、当たり前の判断である…そう、錆兎は結論付けた。
自分は危険人物から義勇を守りつつ任務を遂行するのが仕事なのだ。
それは義勇自身にだって邪魔させられるものではない。
とりあえず授業中は席も離れているし、皆の居る所で込み入った話も出来ないので、ジリジリしながら学校が終わるのを待つ。
毎日6時間目の授業終了のチャイムは待ち遠しいものではあるが、今日ほど待ち遠しかったことはない。
帰りの会が終わると即義勇の机に駆け寄って、義勇のカバンをひったくるように持つと、そのまま腕を掴んで教室を出る。
(これ…全然違う理由だったらいいのにな……)
そう思うものの、掴んだ時は夢中だったから気づかなかったが、そういえば自分はなにげに義勇の手を取っているのだと思うと、心臓が口から飛び出しそうなくらいドキドキする。
「…っさびっ…とっ……どうしたっ…のっ」
引っ張られて荒い息の中義勇が呼ぶ自分の名前。
このくらいで息切れしてしまう義勇が可愛い。
そんな事にささいなことでさえ愛らしいと思ってしまう自分は、本当に義勇の事が好きなんだなと改めて思う。
「話があるから、入ってくれ」
と、そのまま寮の自分の部屋まで来ると、義勇を中にうながした。
こうして自分が連れてきたくせに、好きな相手が今、ゼイゼイと荒い息、紅潮した頬で自分の前にいる状況にもう本気で色々が限界だ。
そちらを見たら危ない。
錆兎は義勇から視線をそらして言った。
「義勇、おまえ今日の昼に宇髄って奴といただろう?
あいつだめだぞ。真犯人候補だ」
緊張で声がどうしても固くなる。
その緊張が移ったのか、義勇の表情が強張った。
「…天元は……」
漏らされる声にカッとなる。
天元…?
何故ここ数日の付き合いなのに、下の名で呼んでいるんだ?!
そう言いかけて、錆兎は慌てて言葉を飲み込んだ。
感情で物を言っても人は動かせない。
「あのな…お前もこの仕事に関しては俺よりも長いんだろう?
いい加減ちゃんと自覚持てよ?
感情で動いていたら、いつまでたっても一人前になれないぞ?」
自分で言った言葉にため息がもれた。
これまでの発言…本当に自分の感情が入っていないのか、何度も何度も考えて出した結論なのに自信がない。
案の定、義勇はまさに感情的な言葉に反発を覚えたのだろうか、自分の腕を掴んだままだった錆兎の手を無言で振り払うと、黙って部屋を出て行った。
「…あぁ…やってしまったな…」
最悪だ…と、錆兎は一人残された部屋で頭を抱えてしゃがみこんだ。
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