──君が噂の義勇ちゃんね。俺は村田。医療本部長なんだ。よろしくね。
実ににこやかで友好的。
そして警戒心を起こさせない彼は威厳が足りないと言われ続けているのだが医療部としては最適なんじゃないだろうか…と錆兎は思う。
弱った体と精神にストレスを与えないで、しかも適切な処置をしてくれる優秀な医者である村田は、誰よりも医療本部長に相応しい人材なのだと錆兎は声を大にして言いたい。
現に極東時代の経験から同性が少し苦手な義勇でも全く警戒した様子もなく、人見知りもせず検査を受けているところをみると、余計にそう思う。
そして
──村田って…容姿は普通なのに髪だけはすごくサラサラなんだな。
などと言う突拍子もない上にもしかしたらとっても失礼かもしれない言葉にも動じることも腹を立てることもなく、
──あははっ。初恋の子に褒められてからずっと髪だけは綺麗に手入れしてるんだ。
などと当たり前に返せるなんて、本当にすごい。
自分なら喧嘩を売られているのか褒められているのか悩んだ挙句に無言になるんじゃないだろうか…と錆兎は思った。
しかし
──ところで村田…噂のって…俺はそんなに噂されているのか?
と、村田のその天才的な返しもスルーという恐ろしい空気の読まなさで義勇がまた唐突に話を戻す。
あまりのフリーダムさに普段は細かいことを気にしない錆兎ですらハラハラしたが、村田はそれも特に気にした様子もなく、にこにこと笑みを浮かべながら
「えっとね、うちの部下のお嬢さん達に錆兎がすごく人気でね。
あまり好ましくない女の子にくっつかれるの嫌だねって言ってたのね。
それで義勇ちゃんと居るとそういう子も近寄れないからって。
義勇ちゃんなら可愛いしセットで見てても楽しいからずっと一緒に居て欲しいねって話をね、してるんだ。
うちのお嬢さん達、そういう意味でちょっとはしゃぎすぎる時もあるかもしれないけど、日々激務に追われていてもいつもにこにこ働く本当にいい子ばかりだからさ、大目にみてやってくれると嬉しいんだけどな」
と話す。
なるほど…そっちか…と錆兎は内心苦笑した。
いや、いいんだが…医療部は圧倒的な女性率で、さらにいつでも殺人的な忙しさで、さらに対応する相手がすさんでいるか弱っているかでもいつでもにこにこを迫られるので、現実にはもう期待していない、夢見る夢子さんが多い。
プライベートでくらい美しいものだけを見ていたい。
そう思いつつも、美しい男性の横に並ぶほど自身をシビアに鍛え上げる気力も体力もない。
そう、美しい男性陣は実用ではなく観賞用だ。
そんな主張がぐるぐると迷走して一周回ってたどり着いたのが、美しい男性に自分以外の女が並ぶくらいなら、美しい少年と一緒に居て欲しいという、いわゆるBL的発想らしい。
真菰から聞いたことがある。
真菰自身が特にそういう趣味があるというわけではないが、仲の良い医療部やブレイン部の女性陣には隠れてそういう趣味に没頭している人間が多々いるとのことだ。
まあいい。
自分はいい。
実害はないわけだし、好きに妄想でもなんでもしていてくれ。
そう思ってはいたわけなのだが、メンタルが今非常に不安定な義勇はどうだろうか…
と心配になって、ちらりと様子を見てみると、なんとこちらも癒し系オーラいっぱいのにこにこと愛らしい笑みを浮かべていた。
「うん!セットで見ててくれるなら嬉しいよっ。
俺…錆兎のこと大好きだし、ずっとずっとずぅぅ~~っと一緒に居るつもりだからっ」
と、まるで子どものような無邪気さでそういう義勇に、少し離れたところから様子を窺っている女性陣から
──義勇ちゃん、天使~…
という言葉と共にため息がもれている。
ああ、そう言えば極東のブレインや医療部の女性陣に育てられたって言ってたから、女性は平気というか、扱いが上手いんだな…と、こちらも感心する錆兎。
なんのかんの言って自分が一番その手の人づきあいが下手そうだ。
錆兎は苦笑しつつ、何かあれば義勇の駆け込み先はここにあるな…と、ホッと一息ついたのだった。
…と、そんな彼を遠目に見る女性陣達の間で
(…義勇ちゃん見る錆兎様の目が優しい…)
(…こんな錆兎様が見たかったっ…)
(…私たちの心の楽園はここにあったのね…)
などと言う言葉が交わされていたことには、彼は当たり前に気づいていない。
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