善逸がパニックを起こしていた頃、宇髄はというと非常に淡々と状況分析をしていた。
(…これ、結構まずくね?)
と気づいたのは詠唱を終えてジュエルを第二段階に変形させて前方に向かって駆け出した時だった。
いや、正確に言うと、2体いるうちの1体のイヴィルからとてつもない圧を感じる。
宇髄もジャスティス生活は長いものの、こんなに圧を感じるイヴィルにお目にかかったことは一度もない。
ということから考えると、目の前のそれは豪州支部や極東支部を壊滅させたイヴィルの可能性が高い。
そうなるとやることは変わってくる。
まず最優先事項としては、2つの支部を壊滅させたイヴィルが迫っていることを本部に伝えることだ。
それにはまず一人、車まで逃がさなければならないが、前衛と後衛というバランスの良いコンビのジャスティスが居る豪州支部を壊滅させたような化け物をこのメンツで倒せるわけもなく、相手だってみすみすこちらを逃がしてくれる気はないだろうから、宇髄は居残り戦死決定である。
(…あ~あ、俺もここで終わりかぁ…)
と善逸なら泣きわめきそうなことを宇髄は淡々と思った。
死というモノに対してそこまで抵抗感がないのは、そもそもが自分達は宗家のために死ぬために生まれたのだという環境で育ったせいだろう。
宇髄はソレ自体に特に異論はないのだが、その宇髄も含む家臣達のそんな扱いに声高に異論を唱えたのは、当の宗家の跡取り様だった。
簡単に死ぬ死ぬ言うな…と言うのは世間一般では当たり前のことらしいが、宇髄達からすればそれを口にする跡取り様は確かに異端で、ひどく驚いたのを覚えている。
だが、それは不快な驚きではなく、どこか心温かになる言葉だった。
自分が無能だと思ったならばそんな無能な人間のために死ぬよりは自分が取って代われなんて言う跡取り様の言葉ゆえに、逆にこいつのために死ぬのも良いなと思ったのは宇髄だけではない。
それまでは身分制度に懐疑的だった宇髄の家系、通称鉄線の跡取りである双子の兄や、もう一つの家臣の家系である河骨の跡取りも、すっかり宗家の跡取り様…錆兎に心酔して、そのために死ぬことこそ自らの幸せなのだと言い切った。
宇髄も敢えて死ぬことを望んだわけではないのだが、まあそうなったらそうなったでいいんじゃないか?と思うくらいにはなる。
まあそんな感じで旧体制以前でも新体制でもどちらにしても死について抵抗がないのは変わりはない。
それよりも恐ろしいのは一人で望まぬ中に残されることだ。
宇髄は6歳ほどの時にジュエルに選ばれて、一族の宗家でもない家の次男なのだから有力な勢力とつながっておくことは無駄ではないと家を出されている。
そこで実家から捨てられた感が少々あったわけなのだが、まあその時は会社員で言うなら子会社に転勤になったくらいの感覚で、行きついた先で出会ったジャスティスの冨岡親子とも良い関係を築けたので、それはそれで悪くはなかった。
しかしやがて3人いる中の唯一の前衛アタッカーである義勇の父の柊が亡くなって、宇髄達が任務を遂行するためにフリーダムの犠牲が必須になった。
そのために主に攻撃をする宇髄へのあたりがきつくなった頃にさすがの宇髄も少々参ってしまって、あの敬愛する跡取り様にどうしても会って話をしたくて実家に逃げ帰ったことがある。
が、その時にはなんと跡取り様自身がジュエルに選ばれたとかいって外国にある鬼殺隊本部に送られて、代わりに次男が跡取りになっていた。
その新跡取りは兄とは似ても似つかぬ宗家にあらずば人にあらずくらいの男で、宇髄はきつく叱責をされて、逆にまた今度は鬼殺隊の極東支部に逃げ帰ったという経験がある。
あれはきつかった。
自分が絶対的に信用して頼れる相手、自分が好意を持っていて相手も好意を返してくれるであろう相手…そんな人間が誰もいない世の中に一人残されるなら、死んだ方がマシだとあの時思った。
だから…それ以来、唯一自分を疎んじたりしない冨岡姉弟の身の安全に関してはかなり気を付けてきたし、戦闘でも絶対に義勇を自分の前には出さなかった。
全てを失くして根無し草になるのが一番怖い…それに比べれば宇髄にとって死なんて大したことではないのである。
そして今、そんな宇髄の最優先事項は、おそらくこの先も絶対に自分を裏切ったり疎んじたりせずにいるのであろうお人よしのジャスティス善逸を自分よりも先に死なせない事だ。
自分と同じ遠隔系である彼はこのイヴィルの特異性に気づくはずで、そうなれば助けを求めに車に戻ってくれるはずである。
そう、ときとして臆病なだけと揶揄されるくらいの慎重派な善逸ならそんな選択肢を取るはずだ。
…宇髄はそう確信していた。
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