青い大地の果てにあるものsbg_第86章_モブ子タイフーン

──それで?結局財布になれとかじゃないのか?ないならどうしろと言うんだ?
と、錆兎はそこでふと話題が逸れていることに気づいて話を戻した。

──ああ、それなんですけどね、そういうことなら財布も欲しいけどそれよりも…
と、百舞子も本題に入ることに異論はないらしく、話を戻す。

結局百舞子の言い分としては、愛らしい義勇を撮るのは蔦子に頼まれた時以来、百舞子のライフワークになっていて、義勇はいつでも愛らしいがさらに愛らしい義勇で居るには本来なら彼がとても愛している蔦子が必要なのだが一緒に居ることが出来なくなったため、錆兎にその代わりをして欲しいというモノだった。

「義勇君は義勇君であるという時点ですでに愛らしいわけなんですけどね!
泣き顔もすまし顔も怒った顔も等しく愛らしいわけですけどねっ!!
私の一番のお勧めはやっぱり信頼できる愛している人間に守られた安心しきった笑顔の義勇君なわけですよっ!!!
もし私が強くて財力もあってですね、知力体力時の運全てに恵まれた包容力あふれるイケメンであったならぜひぜひぜひっ!!その相手に立候補したいわけなんですけどっ!
ええ、ええっ!義勇君をお守りできるなら身を粉にして働かせて頂くわけなんですけどねっ!
残念ながらその能力に著しく欠けるのでっ。
光栄にも蔦子さんから義勇君が健やかに過ごせるように協力して差し上げて欲しいと随行員として選ばれたからには、百舞子はやりますっ!!
蔦子さん以上に義勇君を大切にお守りして幸せにして下さる方を見つけるのが今の私のせめてもの責務なのですっ!」
と、一息で言われて思わず後ずさる錆兎。

いや…守るのはいいけどな?いいけど…その勢いが……
と内心引きながらも、しかし…と思い直す。

最初も思ったが彼女も被害にあった基地の住人だったわけなので、友人知人どころか、なんなら親戚くらい居たかもしれない。
いや、目が赤くなっているということは泣いていたのだろう。
それでもまず自分よりも義勇をと思うあたりが優しい女性なのかもしれない。

そう思い直して
「わかった。
とりあえずブレイン本部長の胡蝶カナエにも頼まれていることだし、実際に義勇にもなんだか懐かれているようだから、義勇の面倒は責任をもって見る。
…で?それが最初の脱ぐ脱がないとどう関係するんだ?」
と、それはそれとして、と、聞いてみると、百舞子は
「あ、それはですね。
蔦子さんの代わりということなら、義勇君と一緒にカメラに写って頂きたいなと。
あとからアルバムを見て一人ぼっちよりも誰かと一緒の方が良いじゃないですか。
で、一緒に撮るからにはそれなりの服装をして頂けると嬉しいなと思うわけなんです。
その衣装を作るために細かなサイズを測らせて頂ければと…」
と、どこからかメジャーを取り出して見せた。

なるほど。
そういうことだったのか…。
思ったよりはまともな理由で錆兎は心の底からホッとした。

まあ服装にそれほどこだわりがあるわけではないし、義勇と共にということであればそこまでおかしな格好もさせられないだろう。

「それはいいが…正確なサイズを知りたければブレインの衣料課に行けば教えてもらえると思うぞ?」
と了承しつつ言うと、
「あ~、そうでしたか。
でも細部までこだわりたい場合もあるので、指の長さとか、手首、二の腕、首の長さなどなど、細かな部分まで測らせて頂けると嬉しいです」
と返ってきたので、それも了承する。

そうして始まる採寸。
その間暇なのもあって、錆兎は百舞子に話しかける。

凡人は…とまず声をかけると、
「義勇君を含めて皆がモブ子って呼んでるので、そう呼んで頂けると嬉しいです。
苗字で呼ばれると家族みんなが返事するじゃないですか」
と言うので以降、錆兎も彼女を名で呼ぶことに…。

そしてちょうど話題に出たところでさらに言う。

「家族と言えば…モブ子も大変だったんじゃないか?
極東支部に親族とか居たんじゃないのか?
色々辛い状態なら休みを取れよ?
ブレインならよほどプロジェクトの中心に居るかトップクラスに居るかじゃなければ休みが取れないということはないだろうし、もし取りにくかったら俺が取れと言っていたと俺の名を出してくれて構わないから」

「…へ?あ、ありがとうございます。
さすが蔦子さんの親友のカナエさんお勧めの義勇君お守り人材ですねっ!
気遣いが細やかでモブ子感激ですっ。
確かに極東にはうちの親族がいっぱいでしたけど、全員無事脱出しているので大丈夫です」

「…そうなのか?
なんか涙の跡があるが……」

百舞子の返答に錆兎は自分の目尻を指で指して言う。
すると百舞子が絶叫。

「うああああ~~!!!!最高ですっ!!
最高ですよ、錆兎先生っ!!!
そのセリフ、少女漫画のようですっ!!
モブ子のぜひ義勇君に言って頂きたい台詞の5指に入っちゃいますっ!!」

うわあ~~と叫びたいのはこっちだ…と秘かに思う錆兎。
悪い人間ではないのだろうが、モブ子はなんだかテンションがものすごく高い。
しのぶも同じことを感じているのか、少し離れたところでまた深い深いため息をついた。

まあでもそれはいい。
その点はスルーすればいい。
だがよくよく聞いてみれば気になる話をされたような…?

極東支部にいた百舞子の親族は皆脱出した?
ということは……

「それはどうも。
それよりちょっと気になったんで聞いていいか?」
と、錆兎は義勇のためにと聞いてみる。

「はい、なんでしょう?」
「今…モブ子の親族は皆基地を脱出したって言ったよな?」
「はい。従姉弟五人と伯父二人、それに伯母が一人いましたが、全員無事だそうです。
で、さきほどご指摘にあった涙については、私がついうっかり忘れてきたアルバムを一冊、従姉妹が一緒に持ち出してこちらに送ってくれたのがさっきついたので、もう感涙ということで…。
時間もなかったし義勇君の写真が持ち出せれば自分の写真なんてどうでも良いと思ってたんですけど、その中に一枚だけ義勇君と蔦子さんと3人で撮った大切な写真があるのをすっかり失念してたんです」
「それは良かったな。それだけの人数が全員無事とは何よりだ。
しかしそういうことなら極東支部は建物としては壊滅しても、人員は皆無事だったのか?
それなら…」

錆兎が言わんとすることを先に察したらしい。
百舞子はそれまでのテンションから一転、急にしおしおとうつむいた。

「えっとですね…蔦子さんのことなら、たぶん脱出されなかったと思います。
大前提として今回の極東壊滅は極東のトップレベルでは予測されていたことでした。
そしてその上でトップが優先したのがジャスティスの身の安全の確保。
義勇君と天元君を本部に避難させるということです。
そのために実は極東ではぎりぎりまで彼らの異動は伏せられていました。
どこで誰が聞いているかわかりませんから。
彼らが無事本部に着くまでは絶対に悟られないように…ということで、支部長レベルの方々は通常と変わらぬようにを心がけていて、襲撃があった時に初めて動き出すと言う形をとられていたそうです。
でもってですね…錆兎先生も感じられていたかもしれませんが、百舞子を含めた百舞子の一族、全員めっっちゃ影が薄いんですよね。
目の前に居ても気づかれないとかわりとざらにあって。
なので、居ても居なくても気づかれない特性を買われて支部から保管しておきたいものを持ち出しを命じられていたので、全員が他の職員よりも一足早く脱出しているので、無事だったんです。
蔦子さんは医療の支部長なので最後まで残られて医療活動を送られていたと思います。
怪我人を放置でご自身が脱出されるような人ではないので…」

なるほど…百舞子の親族の話を聞いてもしかしたら…と思ったのだが、彼女達が特別だったのか…とうつむく百舞子の言葉に錆兎も肩を落とす。

正直、錆兎自身は元々一般的な家族のような家族関係を持ったことがないので想像するしかないのだが、支え合っていた家族が誰も居なくなって一人ぼっちになると言うことは、おそらくとても心細いものなのだろう。

「…だからっ!」
と、シン…とした沈黙を破るように百舞子が言った。

「悲しいこととか寂しいこととかを埋めつくす勢いで、義勇君を楽しいこと嬉しいことで埋め尽くしてあげて下さいっ!
私も精いっぱい協力しますのでっ!!」
そう言う百舞子の言葉に、それまではほとんど口を挟まなかったしのぶも
「そういうことなら私も協力させて頂きます。
私には姉がいましたが、やはり両親を一度に亡くしてその悲しさは理解できる気がしますし」
と頷いて言った。










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