え?脱ぐ?!
とりあえず脱ぐってなんだっ?!!
正直錆兎はこんな仕事をやっていて、急なことにも無茶ぶりにも不本意ながら慣れてしまっているが、それでもいきなりなそのわけのわからない要求にぽか~んと固まった。
と問えば
──え?ダメですか??
と返ってきてさらに戸惑う。
隣でしのぶが電話口で聞こえたような深い深いため息をついているところを見ると、まあ切迫したような事情ではないのだろうが、さて、どうしたものか…
(…これが真菰だったら上手に対処できたのかもしれないが……)
などと心の中で思いつつ、そもそもが相手だって今回の基地陥落の当事者であまり人と会いたい気分でもないかもしれないところを自分の側の都合で時間を作ってもらっているのだしという事情も加味したうえで
──ダメではないが、理由が知りたい。
と答えてみた。
すると百舞子はなんと
──なるほどっ!確かにそうですよねっ!
と大きく頷く。
一応ただのおかしな人間ではなく理由があったのか…とホッとする錆兎。
しかしその後の百舞子の行動はやっぱり謎だった。
彼女は大きなトランクを抱えていて、それを開けると
──まあ、これを見てくださいっ。
と、一冊の本のようなものを取り出す。
それを受け取って見てみると、どうやらアルバムのようだった。
全てがメールでやりとりされることが多い昨今、こういう印刷したものも珍しくも懐かしいなと思ってそれを口にすると、百舞子は
「結局…データは手違いで消えたら最後ですからねっ。
データが消える時って自分では気づかなかったりどうしようも出来なかったりしますが、大切な物はこうして紙にして死ぬ気で抱え込んでおけば消えません」
と得意げに言う。
ああ、確かにそうだな、と錆兎が大いに納得して頷くと、百舞子は、そうでしょうっ?ととても誇らしげに笑った。
これはもしかして彼女が亡くした極東の諸々なのかもしれない…と、よくよく見れば涙の残るその顔を横目に錆兎はアルバムのページを開く。
…え……?
錆兎の予想に反して、開いてまず目に入ってきたのは、花咲き誇る桜の木のしたで微笑む(どこかで聞いた言葉だが文才のない錆兎には他の表現が思いつかない)顔だけで食っていけそうな美しい振袖の姉妹。
…に見えるが、おそらく幼い方は義勇だ。
間違いない。
…とすると、隣の義勇に似た美しい女性は……
──それ、すごいでしょう!私が撮った中でも最高の力作なんですっ!!
錆兎が聞く前に、錆兎の視線に気づいた百舞子が身を乗り出す。
それからの百舞子は止まらない。
自分が蔦子から義勇の日々の記録を頼まれてずっと写真を撮り続けていたこと。
蔦子はとにかく義勇を可愛く着飾ることが大好きで、そのために似合うと言えば何でも用意してくれて、時には自分も一緒にカメラに入ってくれていたこと。
そのため隊服以外の義勇の服はいつも蔦子と百舞子が厳選した可愛らしいものだったこと。
その最高傑作がその桜の下の振袖で、なんと今は亡き極東の伝統、かつては加賀友禅と言われた着物を作っていた一族でその技術を受け継いだ子孫を探し出して1着で百舞子の数年の年収を軽く超える金額で作ってもらった逸品だということなどなど、熱く語られる。
確かにその後も全て義勇の写真で、どれも大変愛らしい。
正直少年には見えないが、まあそこはいいだろう。
本人が納得してやっているなら問題はない。
…で?これを見せられて?と顔を上げて錆兎が
「つまり…俺に義勇の姉の代わりに財布になれということか?」
と問う。
いやいや、別に良いのだが…。
古参のジャスティスでしかも本部の中でも一番と言われているだけあって、自慢じゃないが錆兎の給料はとても宜しい。
齢11歳でこの仕事についた時の初任給でもブレインの新人職員の年収くらいの月収は貰っていたが、今は貢献度にガンガン比例してその数倍…フリーダムの中堅以上の職員の危険手当込みの年収程度の月収をもらっている。
…が、正直鍛錬以外に趣味もないので使うことがなく、ほぼほぼ口座の肥やしになっていた。
極東の医療支部長の給与がどのくらいかは知らないが、3つの部の中で危険度が一番高いこともあって一番給与が良いフリーダムの本部長の不死川よりも高いということはないだろうし、自分はそれよりももらっているから、たぶん足りるだろう。
そんなことを考えながら、
「とりあえず自由に使えるように口座を作って年間1億くらい振り込むようにしておけばいいのか?」
と聞いてみると、百舞子から返ってきた言葉は
──ゲッ!!
で、お前が言いだしたんじゃないのか?と複雑な気分になった。
続いて
──ちょっ!!錆兎先生、実家が太いの?!それとも給与が世界一なのっ?!!
と返ってくる百舞子の言葉に、錆兎は
──後者。
と答えておく。
「世界一かは知らないが、おそらく本部では一番貰ってるだろうな。
少なくとも本部ではフリーダムが一番高給で医療とブレインが同じくらいらしい。
でもジャスティスは桁が違う。
以前聞いたらフリーダムの本部長より俺の方がはるかに貰ってた。
で、基本給はおそらく同じ古参組の真菰と同じだが、俺の方が緊急出動が多いから、緊急出動手当の分、年収は多いと思う」
「先生っ!極東はジャスティスでもフリーダムの上の方と同じくらいらしいっす。
どうして本部は高いんすかっ?」
「あ~~~それはまずいな。
今更だがな、ジャスティスの給与は誰よりも高く設定しておくべきらしいぞ?」
「へ?それは能力給とか?」
「ん~それもあるけどな。
ジャスティスの頭脳の真菰が言うには、世界に最大で12人しかいない敵を倒せる能力者であるジャスティスが裏切ったら人類が滅亡するから、待遇は良くしておかないとということらしい。
俺は別に金で裏切るつもりもないんだが、そんなに給与は要らんと言うと他が不安がるから、貰っておいて要らなきゃ湯水のようにばらまけと真菰に言われて今にいたる」
──…それは確かに…。錆兎兄さんが敵についたら私は次の瞬間に楽に死ねるうちにと自死します。
と、そこで今まで黙っていたしのぶが青ざめて言い、
──いや、お前もその裏切られたら怖いと周りに思われているジャスティスの一人だぞ。
と錆兎が突っ込みをいれた。
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