青い大地の果てにあるものsbg_第82章_失くしたものと得たものと

いつでも夜が明ければ朝が来るものである。

それは旧家の跡取りとして生まれ、甘えることも許されず一人がんじがらめに育っていたかと思えば、世界の平和を守れといきなり遠い外国に放り出された錆兎にとっても、数少ない変わらぬ未来だ。

だが、その来ると言う事は変わらない朝でも、小さな変化は生じてくる。

普段なら、寝像は悪くないので1人で寝るには広すぎるベッドで目を覚まし、わずかな自分の体温を多少なりとも惜しみながら起床。
そしてとりあえずと、トレーニングウェアを着て鍛練室に駈けこんで一通り鍛練したあと、部屋に戻ってシャワー、その後食堂で食事…
それが錆兎の変わらぬ朝のはずだった。

が、今日は目を覚ませば腕の中に小さなぬくもり。
寝ぼけた頭で不思議に思って視線を落とせば、懐に潜り込むように小さな頭。
対峙していた時は目を開けていたので意識してみてはいなかったが、今閉じた瞼を縁取っている同色の漆黒のまつげを見てみればそれは驚くほど長くて、まるで少女人形のようだと思った。
そしてかすかに開いた桜色の唇からはすやすやと小さな寝息が漏れている。

…あ~…そうか…
くしゃりと空いている方の手で自分の前髪を掻きあげて記憶を探れば思い出すこの数日の諸々。

冨岡義勇…極東支部から新しく本部へ配属になった後衛ジャスティス…。
ブレイン本部長のカナエに馴染めるようにフォローしていけと言われた時は正直面倒だと思ったのだが、実際に目の前にしてしまえばそんな気持ちも吹き飛んでしまった。

思えばジャスティスになってからの期間が長くて新人が来れば必ずと言って良いほどそんな役回りを押しつけられて、内心うんざりしつつも、同時にそんな本音を絶対に表に出してはならないと言う教育もまた徹底的に受けてきたため、毎回卒なくこなしてきた。

が、今回の相手はなんだか弟オーラ満載の小柄な少年なのもあって、ちょうど庭先に作られた巣から落ちてしまった小鳥の雛だとか、親からはぐれた野良の子猫とか、面倒を見る事を強要されたわけではなくとも手を差し伸べてやりたくなる、そんな小動物とのふれあいにも似て、義務とか仕事とかそういう範疇を超えて錆兎自身が手を伸ばしてしまいたくなる…そんな気持ちになった。

手の中のぬくもりは小さくて柔らかくて愛おしい。
どこか心がほかほかと温かくなる。
こんな変化なら悪くはない。

自分の面倒だけ見ていれば良い面倒くさくない朝から変化した今日の朝に、錆兎はそんな感想を抱いて小さく笑った。

…と、この朝の変化をかなり楽しい気分で受け入れたのは良いが、さて、それでもこれからどうするか……

…俺様起きたら、義勇も起きてしまうかなぁ……
と、まずそれである。

鍛練は出来れば欠かしたくない。
義勇が寝ているなら寝かせておいて、書き置きをして自分だけ鍛練に行って戻ってくるのが良いのか、一緒に起こして鍛練室へ案内がてら一緒に行くか……

一応ソロリと半身起こそうとすると、ガシっとしがみつかれる。
へ?と思っていると、グリグリとむずかるように頭をこすりつけられ、

――やぁだ…もう少し寝たい。姉さん、あとちょっとだけ…
などと可愛い声で言われて思わず笑ってしまいそうになったが、考えてみれば笑えない。

この年の姉弟が一緒に寝ているのはどうなのだろう?と思いつつも、姉は義勇にとって両親亡きあと、厳しい環境の中寄り添い合って生きてきた唯一の頼れる肉親だったのであろうし、心細い気持ちになった時にはこうして一緒に眠ることもあったのかもしれない。

そうなると姉に守られて眠っているという優しい夢が覚めれば、その姉が居た基地が壊滅、そして姉も亡くなっている可能性が高いという残酷な現実が義勇を待っている。

そのことに考えがいった時、錆兎は義勇が起きた時に落ち込ませないようにするという新たなミッションが生じた気がした。









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