青い大地の果てにあるものsbg_第81章_怖かった理由

早々に切り上げたのはカナエの時間を気遣ってということもあるが、もう一つには義勇のフォローのためでもある。

両親を亡きあとたった一人の身内であった姉がいる基地が壊滅したのだ。
そんなショックを抱えた状態で任務に駆り出すなど、これまでの本部のやり方としてはありえない。
それだけ状況が徐々に切迫しているということなのだろうが…。

せめて次の任務までの時間はゆっくり過ごさせてやろうと錆兎は先に食堂に寄って義勇とデザートを見繕ってそれを部屋に持ち帰る。

そうして戻った自室。
──連勤で大変だったろ、義勇。お疲れ…っ?!
部屋のドアを開けて後ろを振り返れば、その大きな青い目からポロポロ涙を零している義勇に驚く錆兎。

──ど、どうした?!どこか怪我でもしたか?それとも体調でも悪いのか?!
と、義勇を部屋に招き入れてドアを閉めると、慌ててその肩に手をやって少し身をかがめて義勇の顔を覗き込む。

見たところ怪我はないようだが…と思っていると、義勇の唇から
──ほんとは…怖かった……
と言う言葉が小さな小さな声で零れ出た。

──あ~悪かったっ。一度後ろに敵の攻撃流してしまったもんな。
と、即戦闘を振り返って猛省して謝罪する錆兎だが、違ったらしい。

──違っ……そうじゃなくて……
と、とうとう泣きながらしゃがみこむ。

──義勇…顔をあげてくれ…。敵の攻撃じゃなければ一体何が怖かったんだ?
と、自分もその前にしゃがみこんでそう問えば、義勇は腕の中に顔をうずめたまま、嗚咽を漏らし続けた。

錆兎が両手をそっと義勇の頬に添えて上を向かせると、ゆっくりとあげられる涙いっぱいの顔。

そうして零れ出る
──怖かった…1人は…や…だ……
と言う言葉に、罪悪感が一気にこみ上げた。

よくはわからないが、おそらくそれは自分が一人で逝くのが…ではなく、姉が亡くなってしまったかもしれない状況で錆兎に何かあって義勇が一人で残されることを指しているのだろう。

錆兎がそのまま次の言葉を待っていると、義勇はしゃくりを上げながらつたない言葉で訴える。

──俺のジュエルっ…
──…うん
──…まいかい…だい三だんかい使って…もちぬし…死んでるから…っ…
──…ああ、そうだったのか…。じゃ、お前は絶対に使うなよ?
──…さびとのもそうだったらって…っ……
──あ~ごめんな?でも説明もしたし大丈夫だっただろう?
──…うんっ…でも…怖かったんだっ……

──ああ、ごめん。怖い思いさせて…泣かせて悪かった。
錆兎はそう言って義勇をを抱き寄せてその額に口づける。

しかしごめんと謝罪しながらも使わないという選択肢はない。
今回、使っても大丈夫なのだと実証されたので余計にだ。

なので
「元々は確実にリスクが0ではないとは言えなかったが、今回、お前と一緒なら限りなく0だと言うことが証明されたからな。
お前が居れば俺は絶対に死なないし、俺が居ればお前を絶対に死なせない。
だから大丈夫」
と言ってやれば、義勇は泣きながらうんうんと頷いて錆兎の背に回した手にぎゅうっと力を込めて抱き着いてきた。

まあ今日は色々あり過ぎた…。
というか、義勇達が極東から移動してからまだ1週間も経っていないのに、激動過ぎだ。
つい数日前まで居た、しかもまだ身内が残っている基地が壊滅した義勇は余計にだろう。

こういう時に慰めたり労わったりするのは真菰の方が上手いんだが…と思いつつも、それでも自分なりに精いっぱい優しくしてやろうとは思う。

義勇も心細いらしく、部屋に帰ってからはずっと錆兎のあとをカルガモの雛のように着いて回っている。
二人で湯を沸かして菓子と一緒にお茶を飲み、今義勇の方の家族や身の上を語らせるのはきついだろうと、錆兎は淡々と自分が本部に来てからの生活や人間関係などを語ってみせた。

「ブレインとフリーダムと医療の3本柱の中でブレインとフリーダムの本部長には会ったから、今度医療本部長を紹介するな?
良くも悪くも癖の強い各部の上層部の中で唯一すごく穏やかであくの強さがないめちゃくちゃいい奴だから」
と、唯一の特徴らしき特徴がそのサラサラの髪だと言われるほど良くも悪くも強い印象を与えない医療本部長のことについて、それでもなんだか傍にいるとホッとする人間なんだと話すと、義勇は
「俺が錆兎を一番ホッとさせられる人間になりたい。
会ったら見習いたい」
と神妙な顔で言う。

正直、出会ってまだそう経っていないのに何故ここまで懐かれてしまったのかはわからないが、まるで子どものような顔でそう言う義勇は可愛いなとは思った。

それからは一緒に食器を洗って一緒に食堂で夕食。
普段ならそのあとに鍛錬なのだが、義勇は錆兎の傍を離れようとしないし、自分は良いが義勇は疲れているだろうと言うことで断念。

今日は早々に風呂に入って寝るか…と思ったのだが、ここで問題が…

──錆兎が見えない所にいるのはやだっ
と錆兎の服の裾をしっかり握ったまま頬を膨らませる義勇。

おいおい、子どもじゃないんだから…とは思うものの、今の義勇の精神状態を考えれば突き放すこともできない。

──いや…でも本当に室内にある浴室だぞ?
──それでも見えなくなるのはやだ…

弟って人種はすごいな。
圧がすごい…

自身は弟達とはほぼ隔離されていたような環境で育ったものの長子な錆兎は自分を絶対に通すんだという弟オーラに圧倒されてしまう。
なんというか…力で制圧は出来なくはないのだが、それをやると自分がとんでもない非常な人間のように思わされる。

はあ…と錆兎は諦めのため息をついた。

「わかった。
風呂は本来は大人の男が二人で入ることを想定している広さじゃないからな?
まずはお前は掛け湯のあとに浴槽。
俺はその間に体を洗うから、俺が洗い終わって浴槽に入ったらお前は体を洗う。
それでいいな?」
と折れて言うと、義勇はうんうんと満足げに頷いた。


そうして一件落着かと思いきや……

──ねえ、錆兎。シャンプーハットは?
と、体を洗い終わった錆兎と入れ違いに浴槽を出て髪を洗おうとして義勇が錆兎を振り返る。

え?なんだ、それ??と思いつつ聞くと、義勇曰く髪を洗う時にシャンプーが目に入らないように遮ってくれる帽子だと言う。

──いつも姉さんが用意してくれていたんだけど…
ときょとんとした顔で言われて眩暈がした。

そんなものはない。
自分も…少なくとも自分が知る周りの人間も使っていないと思う、と言うと、
──でも…シャンプーが目に入るから髪を洗えない
と、義勇が動揺する。
目をつぶったくらいだとダメなのだ…と、力説され、途方に暮れる錆兎。

そうは言われてもないものはない。
今日はこれで我慢しろ…と、錆兎は仕方なしに浴槽を出て、手で義勇の目を塞いでやった。
そうしておいて明日にでも物品管理をしているブレイン部員に言って取り寄せてもらうからと言うと、義勇は
「いいっ!これでいいっ!!シャンプーハット要らないっ!!
錆兎の手がいいっ!!}
とどこか嬉しそうに首を振る。

いやいや、それはダメだろう。
お前は毎回俺と一緒に風呂に入る気か?

錆兎が呆れて言うと、義勇は
──だって錆兎はずっと俺と一緒にいてくれるんだろう?
と満面の笑みを浮かべるものだから、もう否とは言えなくなってしまった。

本当に…錆兎はモテない方では決してなかったが、ここまで素直に直接的な好意をぶつけられ続けたのは初めてで少し戸惑ってしまう。
…が、悪い気分ではない。
だからもう流されることにした。

こうしてなんのかんので義勇の髪を洗ってやって二人して風呂から出ると、当たり前に同じ寝台に潜り込む義勇。

正直自分が子どもの頃も子ども扱いをされることなく、家族のぬくもりと言うやつを知らずに育った錆兎だったが、人肌と言うものは存外に心地よく、義勇よりも自分の方が癖になりそうだな…と思いつつ、その日も忙しい一日を終えて眠りにつくのだった。








0 件のコメント :

コメントを投稿