──蔦子さん、義勇君、行っちゃいますね…。寂しいですね、お互い。
蔦子に写真を申し込んで蔦子から義勇君の専属カメラマンとして抜擢されて以来、モブ子は自分で言うのもなんだが蔦子の一番気の置けない相手になっていたと思う。
いつも蔦子の楽しい会話も愚痴も全て聞かされていたし、義勇についての語りなどなんなら一晩じゅう聞かされていたこともあったので、今回の呼び出しもそれだと思って一晩コースの覚悟を決めて、非常時に備えて常に酔いつぶれることを禁じられていて酒が飲めない蔦子のためにとっておきのお茶とお茶菓子を用意して蔦子の私室を訪ねていた。
本部への転属が決まってから極力弟と一緒に過ごしている彼女だが、今は弟の義勇は任務で居ない。
だから弟には絶対に言えない泣き言の一つも言いたいのだろうとモブ子は思ったのである。
モブ子がノックするといつもの美しい笑顔で迎えてくれた彼女の部屋はなんだかこれまでと違って見えた。
そんなモブ子の違和感を察したのか蔦子はにこりと笑って
──両親の遺品とか諸々、義勇にも持って行ってもらおうと思って
と言う。
ああ…そうか。
これまではずっと一緒だったからその必要もなかったんだな…と、モブ子は改めて義勇が遠くに行ってしまうのだと実感した。
そして出た冒頭の言葉だったのだが、蔦子はゆるゆると首を横に振り、
──義勇が幸せならね、私はいいの。
とどこか寂し気な笑みを浮かべる。
その後、続いて
──そのためにね、モブ子ちゃんにお願いがあるのよ
とそっと両手でモブ子の手を握った。
え??と思う。
これ…蔦子さんのファンの男どもに知られたら、あたし殺されるシチュ?!
美女に手を握られている…それにまず反応するモブ子。
そう、モブ子はどこまで行ってもモブ子である。
もし従姉妹がこの場面とモブ子の脳内を覗いたなら、『お前は空気読めやっ!!』とハリセンでパッコ~ン!!と思い切りどつくところだが、あいにくと言うか幸いと言うか…ここには蔦子とモブ子しかいないので、誰も突っ込みを入れることなく、そして蔦子はモブ子の脳内妄想に気づくことなく、話は進んでいったのだった。
いつもは後ろで三つ編みにしている綺麗な黒髪は今は結ばずに垂らしているため、蔦子の動きに合わせてサラサラと揺れる。
同性のモブ子から見ても美しく…そして優しく心の強い彼女は、大きな青い目を少し不安げに揺らして、
──義勇のことをお願いしたいのっ
と真摯な様子でそう言った。
──え?
とその言葉の意味がわからずに首をかしげるモブ子に、蔦子は思いつめた目で
──これは…絶対に内緒ね?
と、おそらく管理職レベルにしか伝えられていないのであろうとんでもない秘密を打ち明けてきた。
「今回ジャスティスを全員本部に集めようって話になったのはね、体制を変えるためじゃなくてジャスティスの緊急避難を目的としているの」
「へ??緊急避難って??
ジャスティスに何か危険が??」
正直…彼らが危ないと言うレベルの危険が迫っているなら、もう人類は終わりなんじゃないだろうか…とモブ子は思い、それを口にすると、蔦子は少し困ったような悲しそうなそんな笑みを浮かべる。
「そうね。そうかもしれないわ。
実はね、最近レッドムーンの攻撃が激化していてね、敵の強さもなんだかかなり強くなってきてるの。
それでつい先日、豪州支部のジャスティス二人が亡くなって、豪州支部が壊滅したのよ。
あそこは近接と遠距離のバランスの良い組み合わせだったんだけどね…。
そんな二人でもダメな相手なら遠隔二人の極東には勝ち目はないわ。
だから私と欧州支部の支部長、そして本部のブレイン部長のカナエちゃんと相談したうえで、ジャスティスを全員本部に集めて可能な限り理想的な組み合わせで出動させることでジャスティスの損傷を防ぎましょうってことになったの」
「えっと…そうすると…各支部の防衛は……」
「ええ、無いに等しくなるわね…。
でもジャスティスが失われたらもう世界が座して死を待つしかなくなるわ。
それを考えたらこれが人類の未来に希望を残す唯一の方法なの。
だから双方の準備ができ次第、義勇達を本部へ送ることになったのよ。
もし敵に気づかれれば逆に標的になるかもしれないし、周りに気づかれれば妨害されるかもしれない。
だから本当の理由は私達しか知らない」
「えっと…それを何故私に?」
本当に何故?としか言えない。
だってモブ子はモブだ。
自他ともに認めるモブだ。
どうしてそのモブにそんな重要なことを打ち明けようと思ったのだろうか…。
確かに日々蔦子の愚痴なども聞いていたが、これはもうそういうレベルを超えた話なんじゃないだろうか??
そう思っていると、蔦子はこの上なく必死の形相でモブ子に詰め寄った。
「お願い、義勇を支えてやってっ!
両親を相次いで失くして唯一の肉親の私ももう一緒に居てやれない。
一応カナエちゃんには相談して、本部で一番頼りになるであろう相手に義勇を支えてもらえるようにお願いはしてあるんだけど、あの子がこちらですでに馴染んでいて気の置けない相手を一緒につけてあげたいの。
だから申し訳ないけどモブ子ちゃんは本部に転属するよう手続きが済んでいるから…」
なるほど…大いに納得した。
しかし……
「えっと…蔦子さんが転属すると言う選択肢は?」
と念のために聞いてみると蔦子はきっぱり
「極東支部の医療支部長の私がいきなり本部に行ったらさすがに周りに怪しまれるわ。
その点モブ子ちゃんなら気にされないから…」
「うん…まあモブですもんね」
とそれにも納得して頷くと、蔦子はハッと片手で口を押えて
「ご、ごめんなさいっ!!そういう意味じゃ…」
と慌てて謝る。
「いやいや、別にいいんです。
私、自他ともに認めるモブですし、その立ち位置もすごく気に入ってるのでっ。
おかげで可愛い義勇君の写真を撮り続けられますし…」
まあ…どうせ命を懸けるなら可愛い推しを最期の瞬間まで愛で続けるために命を懸けたい派なので、義勇と共に逃がしてくれるというなら、もう感謝感激雨あられである。
強いて言うなら蔦子も一緒に逃げて欲しいところなのだが…
「でも私が言うのもなんですけど、義勇君達を無事本部に送り届けられたあとは極東支部が普通を装わないといけない理由もなくなるんですし、極東に残った皆さんも可能な限りダッシュで逃げるようにしてくださいね」
本部に慣れない義勇を支えるというのは全く構わないと言うか、むしろどんとこい!だが、蔦子の遺言を託けられて義勇に号泣されるのはごめんこうむりたい。
モブ子がそう告げると蔦子はそのモブ子らしい言葉に
「そうね。
あの子を悲しませないよう最大限の努力はしないとね」
と小さく噴き出したが、それから3日後…義勇と共にモブ子が本部に転属になり、さらに2日後…モブ子は鬼殺隊本部で極東支部壊滅の知らせを聞くことになった。
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