青い大地の果てにあるものsbg_第61章_極東の旧家の関係

──俺はぜんっぜん嫌じゃねえけど錆兎は嫌かもしれねえから他には言うなよ?

宇髄の口から出たのはまずそういう言葉だった。
そしてそれまでは淡々と…あるいは楽し気にすら見えたその表情が、その言葉を口にした時に少し悲しそうに見えたのは善逸の気のせいではないだろう。

錆兎と知り合いであるということを口にした時も、それを言って良いのかどうなのか迷っているように見えたので、宇髄はおそらく錆兎が自分と親族であることを嫌がるだろうと思っているようだ。

もちろんそれをわざわざ口にするほど善逸は空気が読めない人間ではない。

なので
「うん、もちろん。
錆兎のプライバシーの問題になるからね」
と、飽くまで第三者のプライバシーに抵触することに問題があるのだという風に言って頷いた。


──俺はそこまではねえけど……
とまず開口一番そう言いつつ語られる宇髄の話。
それは良くも悪くもしがらみのない善逸には不思議な世界だった。


宇髄や錆兎の一族の大まかな話は聞いていたが、宇髄が語った詳細は善逸からすればとんでもない話である。

なにしろ手足である宇髄の家の人間は総帥である錆兎の家の人間のために死ねと育っているらしい。
正確には錆兎の家の…ではなく、錆兎の家系のボスである錆兎の父親のため…らしいが。

「まあ俺らはガキだったしな?
錆兎の親父というより次代の総帥になる錆兎に命がけで仕えろって言われたんだよ」

「…それ、おかしいとか思わないんだ?」
「いや?ガキの頃はな、普通に思うわ」
「…大人になると思わなくなるの?」
「あ~…他の代はわかんねえけど、俺らの代はな、器の差がわかっちまってなぁ…」
「器の差?俺よくわかんないけど、宇髄さんも十分すごい人だと思うけど……」

相手のために死ぬのを潔しと思うくらいの器の差なんて存在するのだろうか…
と不思議に思う善逸に、宇髄は
──俺らがそれを思い知ったのはなんと5歳の時だぜ?
と自分の右手を広げて見せた。

──ええ???5歳っ?!!!
──そそ。5歳で反乱起こして器の差を思い知ってかしずいた。
──反乱っ?!!!

5歳で反乱と言うのもなんだか信じがたい話だが、それをたった一人で平定する5歳児というのも嘘みたいな話である。

その善逸の驚いた顔を満足げに見ながら宇髄は話し始めた。

「いくら本家のために命捨てろって言われてもさ、はいそうですかって納得できるわけないだろ?
だから本来は総帥ってこいつのためなら命捨てても仕方ないなって思える奴じゃないと駄目なんだよ。
そのために本家の嫡男は一族の誰よりも心身ともに強く、物理的にも精神的にも一族を守っていける人材に育てられんだ。
さっき5歳の時に反乱って言ったろ?
そのきっかけはその年に同年代のガキが一同集められたことなんだよ。
その時点では相手は本家の偉い人間って思える奴もいれば、他人の下につかないといけないのかって辟易としてる奴もいるわけだ。
後者のガキはガキだけになった時に錆兎に挑んでってことごとく返り討ちにされたわけなんだけどな。
俺の双子の兄貴も後者でな、正攻法じゃ無理ってんでやめときゃ良いのにこっそり落とし穴なんぞ作ってだな、穴を隠してる最中に錆兎が通りかかったのに慌てて足滑らせて、助けようとした錆兎巻き込んで穴に落ちるなんて醜態さらしたわけなんだ。
んで大人に助けを求めようとした周りを制して、錆兎の指示でこっそり梯子拝借してきて上ってきたんだけど、まあ怪我もしてたし大人には当然ばれるわな。
でも錆兎な、自分が落ちかけたのを兄貴が止めようとして一緒に落ちたんだって言ってかばったりしてな。
で、その時はそのままなんとなく終わったんだけど、館帰ったあとな、兄貴軽傷だったんだけど錆兎骨を折ってんだよ、落ちる時に兄貴かばったせいでな。
でもそれ兄貴達には言うなって言ってたらしいんだよ。
おかげでみんな奴がそんな大けがしてるなんて知らなかったんだけど、まあなんつーか好奇心に負けて覗きにいった俺のおかげでばれたんだけどな」
という宇髄の言葉に善逸は苦笑した。

「んでな、兄貴も他の喧嘩ふっかけた奴らもちと神妙に反省して謝罪に行ったんだけど、その時の奴の言葉が
『自分より弱い奴に自分の命を預けられないと思うのは当然の事だ。
ちゃんとそれを考えて行動するお前達は賢いし優秀だ。何も謝る事はない。
むしろ誇っていい。
俺はまだまだ未熟者のガキだから今は上だからとか下だからとか言うな。
俺はもっと精進するから俺が大人になってお前達が認められるくらいの男になった時には力を貸して欲しい。
なるべき時期までに俺がそうならなかった時には無能な大将の下で無駄死にをするな。
遠慮なくお前らの誰かが取って代われ』
まあ感動した兄貴に腐るほど聞かされたおかげで俺まで一言一句覚えちまったわけなんだけどな…
もうな、5歳児の言葉だぞ?これ。ありえんだろ?
兄貴なんかもう将来は錆兎のために死ぬんだって張り切っちまってな。
ちなみに...その時の悪ガキ全員、錆兎がボスじゃなくなって弟が跡取りになったのが不服だってんで失踪してる」

「なるほど」
善逸は納得してうなづいた。
「そりゃ惚れるね」
「だろ?」
「うん」

確かに今の錆兎を見ているとなんとなく言いそうな言葉ではあるが、それを齢5歳にして言うと言うのは驚きである。

「まあ...本人的には今はすっかり一般ピープルの生活を満喫してたんだろうけど、結局そういう風に育っちまってるからなぁ。
ボスじゃなくなってもどこかにじみ出るものがあって自然にみんな頼ってきちまうんだよな。
たぶん2年後くらいにフリーダムあたりに20歳になった失踪した面々がひょっこり紛れ込んできたりとかもしそうだし。
ただ…本人が特に過去を語らねえなら思い出したくねえのかもしれないしな…。
無理に過去になった役割を押し付けんのも違うだろ?
だから…まあ俺は普通に同僚するつもりではあるんだが、それでもどこかでな…あいつにボスで居て欲しいって気持ちが捨てきれてねえ気がして、出さないように気をつけねえととは思ってる」

過去を語る時はどこか楽し気で、しかし最後にそう締める時は少し寂し気な宇髄に、善逸も複雑な気分になる。

そして
「うん…でもさ、複数での出動の時ってやっぱり仕切るのは錆兎だから、別に無理に対等にとか思わなくていいんじゃないかと思うよ?
ジャスティスも本部くらい大勢いるとさ、錆兎ともう一人真菰ちゃんて古参の二人は別格でまとめ役だから、宇髄さんが言う総帥と変わんないと思うし、指示を仰いだりとか頼ったりとかして全然問題ないと言うか、俺達みんなそうしてるし?」
と言うと、
「あ~そうなのか。そうだよな、大勢居るから仕切る奴は必要になるよな」
と宇髄はまた少し嬉しそうに頷いて言った。

その後は本部の施設や人間その他について雑談を続けて、夜は各部屋についているキッチンで宇髄が作った料理を食べて雑談をして雑魚寝。

そして…朝、抱き枕状態で起きたというわけなのである。








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