さっき彼が行ってしまったと思った時は後悔した。
なので同じ轍は踏むまいと思う。
極東支部の人間ではないことは確かだし、そうすると彼は本部の人間の可能性が高い。
だとしたら名前と所属さえ知っていればまた会うこともできるはず。
そう思えばやることは一つだ!
と聞く。
すると返ってきた答え…
──ああ。鱗滝錆兎だ。気軽に錆兎って呼んでくれ。
…え……?…うろこ…だき…さびと……鱗滝錆兎ぉぉ?!!!
あまりに驚きすぎて咄嗟に言葉が出ない。
だって有名人だ。
鬼殺隊一の有名人だ!
世情に疎い義勇ですら知っている有名人である。
現在どころか史上最強と言われるジャスティス。
義勇や天元には海水よりまだしょっぱいくらいの塩対応な極東支部のフリーダム達ですら皆尊敬し憧れる現代のヒーローだ。
うわ~うわ~うわあ~~~!!
そうか、そうだよね、だってもう強者オーラが溢れ出てるもん。
そりゃあ絶対的安心感を感じるはずだよ。
完璧に強いと余裕があって余裕が有り余ってるから義勇みたいに初対面の他人にここまで親切にできるのかぁ…。
と、まんまるに見開いた形で固まってしまった目で錆兎を見ながら義勇は心の底から納得した。
そして知っている、ジャスティス最強と言われてる人ですよねと言う義勇に彼は
──ん。ジャスティスってのはそうだが…最強っていうのは言いすぎだ。
なんて謙遜して見せるが、もう本当に謙遜以外なにものでもないんじゃないかと思う。
そんな会話の流れから義勇も自己紹介をしつつ今こうして逃げている事情を話すと、なんと最強のジャスティスの彼が義勇を砂田から守ってくれると言う。
なんて素晴らしい!
彼が居れば砂田なんて怖くない!!
というか、錆兎が居れば怖いものなんて何もない気がする。
その後、義勇が聞くまでもなく、錆兎の方から連絡がつくように携帯の番号を教えてくれた。
こうして久々に何の不安も憂いもなく夜桜見物を楽しむ義勇。
錆兎は強くて頼もしいだけじゃなくて優しくて細やかで、春先と言ってもまだ冷えるから…と、義勇に当たり前に自分の上着を羽織らせてくれる。
これ…自慢したい!
ロマンティックな物語が大好きな蔦子姉さんに自慢したい!
というか、あとでメールしよう!!
その後もすごい。
しばらく夜桜を見ていて、義勇がくしゃみをしたら、そろそろお開きにしよう、部屋まで送るから…と言うのは良いとして、錆兎はいきなりひょいっと義勇を軽々と横抱きにした。
いわゆるお姫様抱っこというやつである。
蔦子姉さんがこの場にいたら絶対にはしゃいで嬌声をあげるだろう。
義勇だって心の中では大絶叫だ。
依頼心が強い末っ子魂に訴えかけてくる頼もしさ。
義勇が少女だったなら、もうここで絶対に恋に落ちる音がしているはずだ。
というか、もう自分、なんで女の子じゃなかったんだと思う。
こうして義勇を抱き上げたまま、錆兎はまるで忍者のようにひょいひょいと木や塀の上を飛び越えて、ジャスティスの宿舎までたどり着き、義勇を部屋の前まで送ってくれた。
そうして部屋の前でおやすみの挨拶を交わす。
ああ…なんだか幸せ過ぎて怖い…。
義勇はほわほわした気持ちのまま自室のドアのノブに手をかけた。
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