彼が助けてくれたおかげで怪我をして痛い思いをせずに済んだのだから、それ以上を通りすがりの善意の第三者に求めるのは贅沢なのだろう。
その夜は綺麗な月夜で、夜風に散る桜の花びらが月明かりに照らされてとても美しくも幻想的な風景を作り上げている。
そんな素敵な眺めも一人ぼっちだと思うと心細さで楽しむこともできないのだが…。
はぁ…とため息をついてなんとなくジっと月明かりに照らされて地面に伸びる自分の影を眺めていると、いきなり背後から大きな影が現れた。
それは本当にいきなりで、どちらかと言うと臆病な義勇は普段なら驚いて怯えて悲鳴を上げるところなのだが、何故か驚きはしたものの怖いという感情がわかない。
例えるなら…子どもの頃に迷子になって膝を抱えて泣いていたら、何故だか任務に出ているはずの父がいきなり戻っていて、探し出してくれた時のような安心感。
──ホラ。飲み物
とグラスを差し出す手はあの頃の父に似て日々武器を握って硬くなった大きな手だ。
振り向くとさきほどの彼が立っている。
笑顔で…そこに居るのが当たり前のように。
そして
──どうした?
とぽかんと固まる義勇の顔を気づかわし気に覗き込むようにして尋ねてきた。
なんだろう…嬉しい。
心がぽかぽかと温かくなって、なんだか笑い出しそうになる。
でもここでいきなり笑いだしたらただの変な人間だ…とあまり空気が読めないと日々言われている義勇でもさすがに思うので、なんとか顔の筋肉を引き締めるようにして、
──いえ…あの…会場に戻ったのかと思ったので…
と、さきほどまで確かにそうなのだろうと思っていたことを口にした。
すると彼はこれも当たり前のことのように、義勇を護衛してくれるつもりだと言う。
会場にはただ義勇のために飲み物を取りに行ってくれただけらしい。
無条件に守ってもらえるなんて父が亡くなって以来かもしれない。
もちろん義勇だってジャスティスなわけだし、戦場にだって何度も出ているし、もう守ってもらえる小さな子どもなわけではない。
でもやっぱり父が亡くなってからは拠り所がないというか、いつだって心がぐらぐらと揺れて傾いて、いつも気を張っていないと倒れてしまうんじゃないかと不安だった。
母の記憶はあまりないものの、強くて優しい父と同じく優しくてしっかり者の姉に囲まれて育った末っ子としては、ある日いきなり自分の足で立てと言われると、不可能ではないのだと思うのだが、辛くて心が折れそうだったのである。
父が亡くなって、次いで姉とまで引き離されるなんてあまりに不幸だと思っていたが、こんな人が居るなら本部も悪くない。
義勇は初めてそう思った。
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