青い大地の果てにあるものsbg_第10章_弟育ち

やがてガチャっとドアがあき、中から私服に着替えた義勇が顔をのぞかせる。

決して露出は多くない。
ゆったりとした白いチュニックにぴったりとフィットしたパンツ。
なんだか中性的なその格好に何故か錆兎はため息をつきたくなった。

「お茶…入れるね」
淡いブルーの小鳥の模様のエプロンをつけキッチンの方に向かう義勇から目をそらすように、改めて部屋の中を少し見渡す。

飾り気がない自分の部屋と違って全体的にパステルカラーで統一された室内は、本人と同じくどこか可愛らしい感じの部屋だ。

「お待たせっ」
と出されたカップも可愛らしい花模様。
口にはこぶと甘い桃の香りがする。


「あの…さっきはごめん」
向かい合わせに座ってお茶を飲んでいると、ふいに義勇が口を開いた。

「天元にもいつも嫌がられるんだけど砂田さん見るとなんていうか…
色々トラウマになってて怖くて怖くて理性が飛んじゃうんだ…」
「みたいだな」
うつむく義勇に少し苦笑いをうかべる錆兎。

「まあ…かなり脅しておいたし、明日には極東支部帰るからもう大丈夫だろ」
錆兎が言うと、義勇は
「うん。錆兎、ありがとう。すっごく頼もしかった。
砂田さんのおかげでね、最近ちょっと年上の男の人苦手だったんだけどなんとか恐怖症克服できそうな気がしてきた」
と少し笑みを浮かべる。

その言葉に少しひっかかりを覚えた錆兎は
「年上って言っても…俺は誕生日が早いから今は1歳年上だが、同学年だぞ」
とそこで錆兎の側はカナエから聞いていた情報を披露しつつ指摘をすると、義勇は
「え?うそっ!!
すっごく年上かと思ってた」
と、まんまるい大きな目をさらに大きく見開いて言う。

「あ~…まあ本部のジャスティスの中では最古参で色々仕切らされることが多いから、わりあいと年上にみられるが、4月生まれの17歳だ」

「そうなんだ。俺とは逆なんだね。
俺は年の離れた姉さんに育てられて…姉さんは極東支部の医療部長だし、姉さんの部下のお姉さん達もみんな弟みたいに接してくれてたから…」

ああ、なるほど納得だ。
義勇をイメージする修飾語を敢えてあげてみるなら、まさにあどけない弟のような…という言葉な気がする。

そう考えてみれば、カナエに頼まれたフリーダムの本部長の不死川との円滑な関係を築かせるという依頼は、それほど大変なものではないと思われる。

何しろ不死川は大家族の長男で面倒見が良いと言うか……まあはっきり言ってしまえば他人の面倒をみるのが大好きな男だ。

義勇が自分に対して見せているようなどこか心もとなく頼りない様子を見せたなら、雛を育てる親鳥くらいの勢いで世話を焼きまくることだろう。
そうすると…問題は宇髄だな…と、錆兎は脳内でそんなことを考えていた。

その間も
「別に距離あれば大丈夫なんだけど…あんまり積極的に寄ってこられるとちょっと怖いんだよね…。
あ、でもね錆兎がいてくれれば全然大丈夫!」
と、義勇はニコニコと話を続ける
すっかり懐かれたらしい。

まあ嫌われるよりはやりやすくていいし、素直で可愛らしいので不快ではないのだが、あまりに特別扱いをしすぎると、自分に懐いている後輩達の一部が拗ねそうだ。
まあそのあたりの調整は、自分が依頼してきた結果なのだから、カナエになんとかしてもらおう。

すっかりリラックスした様子の義勇は錆兎がそんな風に今後の予定を色々考えている間にも小鳥のさえずりのようなおしゃべりを続けていたが、さすがに今日本部についたばかりでバタバタしていたのもあって、安全を確保できたと思ったら眠気が襲ってきたようだ。
目をしばしばさせ始める。

そんな義勇の様子に気づいて錆兎が声をかけた。

「眠かったらもう寝ろよ。俺は帰るから」
言い出すきっかけがなくてこうしているのかとそう切り出したら、義勇はあわててフルフル首を横に振った。

「一人でいると夢見るから…」
「いや、だからって寝ないわけにはいかないだろう?いつ任務が入るかわからないし…」
「だから…今日ここにいてもらっちゃ…だめ?」
クッションを抱きしめて上目遣いに見上げてくる義勇に、錆兎はめまいを覚えた。

出会って数時間しか経っていないのにこの絶対的な信頼はなんなんだろうか…。

「あのな…義勇…」
「うん?」
「一応な、俺達は出会って数時間なわけなんだが?
お前もそんな短時間で俺の人となりをわかるわけではないよな?
俺が砂田のような人間だったらどうするんだ?」

なんで今更こんな事を説明しなきゃいけないんだと思いつつ口を開くと、義勇はとんでもない質問をしてきた。

「錆兎は…」
「ん?」
「若い人間を見ると誰かれ構わず襲いたくなる人?」

「そんなわけないだろうっ!」
あわてて否定する錆兎に、義勇はきょとんと首をかしげて言う。

「じゃあ…何か問題ある?」
「はぁ?」
ぽかんとする錆兎に、
「俺もいきなり襲いたくなる人じゃないし…大丈夫っ♪」
と、にっこり無邪気に笑う義勇。

「あのな…」

どうしよう…わけがわからん…と頭を抱える錆兎。
天然…天然なのか?!

「一般的に…な。
眠っている時と言うのはとても無防備になる。
だから出会ったばかりのまだ信頼のおけないであろう人間を傍に置くと言うのは危険だと言う認識を持った方がいい」

こんなにチョロいといずれ絶対にヤバい奴に騙されて喰われる…と、心配になってきた錆兎だが、それに義勇はショボンと肩を落としてうつむいた。

「そう…か。俺…まだ錆兎にあんまり知ってもらってないし…迷惑…だよね」
クッションを抱きしめたまま泣きそうな顔で言う義勇に、錆兎はまたあせって言う。

「いや…そうじゃなくてっ!!
俺じゃなくて実際にそういう輩に狙われているお前が気をつけろということだ!
俺が怪しい奴だったらどうするんだ?と言っている!」

「錆兎は怪しくないから大丈夫っ!」
さきほどまで泣きそうだったのに、途端に義勇は笑顔でそう断言した。

「……その根拠は…?」
なんとなく建設的な答えは返ってこないんだろうな…と思いつつ聞くと、
「だって錆兎はカッコいいしっ!」
と、胸の前で両手を握って力説する義勇に、錆兎は反応に困ってしまう。

「…いや…ここは謙遜しておくところなんだろうが、それをやると収拾付かないから俺がカッコいいかどうかはとりあえずおいておいて…相手がカッコよかったら怪しくないのか?」

ああ、もう思考が宇宙だ…と途方にくれた錆兎が聞くと、義勇はうんうんと頷きながら、
「普通に少しくらいカッコいいだけじゃだめだけど、錆兎くらいカッコよかったら嫌う方がおかしいっ!
顔だけじゃなくて強くて優しくて完璧だからっ!」
と、まるでヒーローを前にした子供のようにキラキラした目で言う。

鬼殺隊は圧倒的に男が多くて、必然的に男だから恋愛感情を抱かれないとか安全だと言い切ることができない。
なので少しは危機感を持ってもらわないと困るわけなのだが、こんな風に無邪気な様子で居られると、あまり他人を疑ってかかれと叱るのも気が引ける。

ああ…もう、仕方がない!

「えっとな…わかった。
俺に対してはもう仕方がない。
信頼を裏切るようなことはしないつもりだし、警戒はしないでいい。
でも、鬼殺隊は男所帯だし砂田のような輩がまた現れないとも限らない。
だから自分で警戒するか、自分で無理なら俺の近くに居れば代わりに警戒してやる」

断じて職権乱用ではない。
ジャスティスは希少な存在だし、おかしな輩に付きまとわれて病まれても困る。
なのでもう自分が管理するしかないだろう。
そう思って言うと、義勇は本当に無邪気な様子で
「うん!錆兎の傍にいるねっ!
と、ぱぁ~っと桜の花が咲いたような可愛らしい微笑みを浮かべた。

こうして色々が落ち着いたところで、今日はもう大丈夫か…と、
「じゃあそういうことで俺も着替えたいし今日は帰るな?」
と錆兎が立ち上がると、義勇は
「うん!ちょっと待っててっ」
と、カップをキッチンで洗った後に寝室に入っていく。

待つのはいいがなんなんだろう?と不思議に思いつつ錆兎が待っていると、寝室から出てきた義勇は何故かボストンバッグを手にしていた。

「え~っと…それは?」
と錆兎がバッグに視線を落とすと義勇は当たり前に
「当座の着替え」
と答える。

「…えっと…何故?」

なんだかわかってしまったような気がするが聞いてみると案の定
「錆兎の部屋で寝泊まりするのにいちいちこっちに着替えを取りに来るのは面倒だから」
と返って来て、錆兎はまた途方にくれた。

なんというか…この少年は意思の疎通が難しい。
何故、『近くに居る』がいきなり『同居する』に変換されたんだろうか…。

もしかして俺の言い方が悪かったのか?と考えてみるものの、ジャスティスの住居は全部この階で、錆兎の部屋だって3分はかからない距離にあるのだから、別に同じ部屋に住まなくても十分近いし、そもそもがあの場合の『近くに居るなら』という言葉は、どう考えても公共の場所とか第三者の居る場所で…という意味だと思うのだが……

でもその間違いを指摘したら、なんだか泣かれる気がする。
そのくらいならここはもう、相手の意向を通した方が楽なのではないだろうか…。

色々生まれ育ってから今に至るまでの立場上、物理的なことを仕切るのには慣れているのだが、感情的なものに細やかに寄り添うことは非常に苦手だ。

ということで結局…慣れて他の人間関係が出来れば一人の時間も欲しくなって自室に戻るだろうし、それまでは仕方ないか…と錆兎は諦めることにした。








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